スピーチ集

平成23年度千葉大学大学院入学式学長告辞

千葉大学大学院に入学された修士課程、博士課程、専門職学位課程の皆さん、入学おめでとう。

この新たな出発の日ではありますが、どうしても申し上げなければならない悲しい出来事が日本に起こりました。東北関東の太平洋沿岸を襲った地震と津波のことです。これほどの自然の威力をどれほど予測出来たでしょうか。ただただ悲しいというしかありません。しかし、悲しんでいるばかりではおれません。今こそわれわれの力を最大限発揮して、この危機を乗り越えて、新しい日本へと回復させようではありませんか。このことを認識して、入学という新たな出発を迎えてほしいと思います。

皆さんの中には世界のいろいろな国々から来られている方もおられますし、また国内でもいろいろな大学から進学した方、国内ばかりではなく広く世界で活躍された経験を持つ方、などいろいろな経歴を持って入学され、様々な思いをもってここに今おられることと思います。そして将来への夢、これから行おうとする研究への熱い思いが皆さんから私に迫ってくるのを感じ、それは大変頼もしく感じるとともに、そのような皆さんと共に歩むことのできることを大変に誇りに思います。今日から始まる皆さんの研究が、あなた方一人ひとりにとって納得のいくような成果を生むようにするために、すべての意味において研究環境を整えていかねばならないことを学長として改めて感じています。

皆さんはどのような研究をされようとも、研究という仕事にもそれ以外にもいろいろな困難や、時には喜びに遭遇することでしょう。それらの経験を糧にさらに人間として、研究者として一回りもふた回りも大きくなってほしいと思います。現在、大学院の教育という課題の中に“教育の実質化をめざす”ということが重視され、いろいろな仕組みや内容について検討が進められています。研究成果のみならず、卒業してから社会で活躍できるために、いろいろな可能性を見つめて教育を組み立てるということであります。このことについて、異論を申し述べるつもりはありません。重要なことと考えています。それとは別に、研究を進めるとはどのような教育を考えるでしょうか。いろいろ分野によっても、またそれぞれの人によっても捉え方は一様ではないと思います。それは研究という世界をすばらしくしている要因でもあると思います。ここに研究を進めるうえで、あるいは研究というものを考えることで、あえて一つの考えを紹介したいと思います。

あるひとつの研究をしようとする時、その意図すること、そしてその意味、そして幸運にも結果を得て、それを人に伝えるという道筋があります。そのために必要なことは、いわゆる自分の言葉で研究を、研究する自らの世界を、夢を語れるということが極めて大切であり、研究をするということにおいて必須のことと考えます。本当の意味を理解するというのはどのようなことなのでしょうか。作家の司馬遼太郎氏は、“小説とは書きたいと思うことが頭の中に入って来るだけでは書けないものです。体の中に入ってこなければだめなんです。”と言います。そして、“体の中に入るということを説明するのは難しいことですが、つまり書こうとする町の空気や雰囲気が、微粒子のようなものになっているものがあるとすれば、それ皮膚を通して、肉を通して入り込む。そして胃袋にこたえたり、肺の調子が変わったり、心臓がドキドキしたり、あるいは病気になってしまうぐらいにショックを受けたり、とにかくそういうことが小説を書くには必要なのです”と述べています。何かを自ら創造するということには、常にこのようないわば実感を伴うことが必要であるということを述べているのだと思います。このようなことは研究する上でもいえることではないでしょうか。先生にご指導を仰いで取り組むとしても、本を読んで理解をしたとしても、そこには常にあなた自身の世界が生まれてこなければならないのだと思います。研究の内容として、ある生産性のみを考える、ある効率性だけを求めるということも必要な時もあると思いますが、それだけでは研究への真のモチベーションが生まれてこないということもあるかもしれません。それに疑問を持つ時には、小説家の言葉を借りれば“体の中に入ってこない”ということかもしれません。それでは真の研究とはいえないのかもしれません。真の理解のもとに実際には研究が始まるのだと思います。その過程で新しい事実への遭遇、すなわち発見ということに出会うのだと思います。このことについて、民族学者梅棹氏は、“発見とはたいてい全く突然やってくるものである。毎日見ている平凡な事物が、その時にはふいに新しい意味を持って私たちの前に現れてくるのである。”と述べています。これを新しい発見として受けとめて、その道筋を描くことなくして発見にはならないということではないでしょうか。そのような意味で発見とは、一見偶然のなせる技のように見えますが、そうではなく、その偶然を正確に捉える世界を持つ、ある意味でそれを受け入れる感受性をもつ人間が、研究者が介在していることを知らなければならないということだと思います。そのようなすばらしい発見の遭遇に出会った時には、ぜひその感動を、一人の大学人としてお聞きできる機会があることを願っています。

研究をするということには、今述べたような研究へ立ち向かう研究者としてのいわゆる心が必要ですが、それと同時に常に自らの活躍を通して社会への貢献、ということを考えねばなりません。いわゆる自らの世界を世界に問いかけるということであります。これからの時代は世界に貢献して生きるという考え方が大事であり、日本といういわば世界から見ればひとつの蛸壺のような世界だけではなく、広く世界を理解し、世界から理解を得ることが大切であると考えるからです。

本日は研究に取り組むということに、自らの世界を意識して、真に理解をして進めてほしいことを述べました。さらに、研究成果もあなた方自身の活躍の場も、日本だけではなく世界を目指してほしいことを述べました。これからの研究の日々が実りある、楽しい毎日であることを祈念します。

入学された方々と共に新たな気持ちで学問への旅立ちをします。どうぞ温かく見守っていただくことをお願いして私の告辞といたします。

 

 平成23年4月12日

           千葉大学長  齋藤 康