特色ある研究活動の成果
Research

生痕化石から探る古生物の行動生態とその進化

生痕化石から探る古生物の行動生態とその進化

図1 生痕化石、化石、及び恐竜に関する検索ヒットデータのまとめ(上図)と比較(下図)。泉 (2018, 印刷中)を改変。化石や恐竜というキーワードでは、非常に多くの本・論文・インターネット記事等がヒットしますが、生痕化石というキーワードでヒットする件数は、これらに比べて極端に少ないことが分かります。検索ヒット数データは泉 (2018, 印刷中)のデータから引用。新しい書籍や記事、論文などは常時インターネット上で更新されていくため、個別の検索ヒット数は経時変化することに留意。

泉 賢太郎特任助教

泉 賢太郎

Izumi Kentaro

教育学部特任助教

専門分野:地球科学

 東京都出身。2010年東京大学理学部地球惑星環境学科卒業。2015年に東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程を修了し、博士(理学)の学位を取得。国立環境研究所(日本学術振興会 特別研究員PD)を経て、2017年より現職。
国士舘大学理工学部非常勤講師、日本古生物学会 化石友の会幹事、地球惑星科学NYS事務局代表幹事を務め、地球科学の教育・普及活動にも携わっている。
東京大学理学部地球惑星環境学科 地球惑星環境学特別研究 優秀賞、日本地質学会 表彰(共同受賞)、東京大学大学院理学系研究科 研究奨励賞(修士)、日本堆積学会 最優秀ポスター賞、日本古生物学会 優秀ポスター賞、日本地球惑星科学連合大会 学生優秀発表賞、日本堆積学会 最優秀講演賞を受賞。千葉大学に着任してからは、教育学部の地学担当の教員として、専門分野だけでなく、広く地球科学全体への理解、教育、アウトリーチ活動に努めている。

どのような研究内容か?

 化石という用語そのものは聞き馴染みがあると思いますが、化石は2種類に大別されることをご存知でしょうか?すなわち、体化石と生痕化石です。体化石は生物の遺骸の一部が分解や破壊を免れて地層中に保存されたものであり、恐竜やアンモナイト等が実例として挙げられます。大半の人が"化石"と聞いて思い浮かぶのは、こちらだと思います。それに対して生痕化石とは、古生物の行動の痕跡が地層中に保存されたもので、足跡、巣穴、糞の化石等が挙げられます。
 化石(ここでは体化石を指す)自体は認知度が高い一方、生痕化石の認知度は非常に低いのが現状です(図1)。しかし、生痕化石に焦点を当てることによって体化石からでは分かり得ないような、古生物の詳細な生態情報を解明することができるのです(図2)。地球や生命進化の歴史に関する図鑑で紹介されている太古の世界は、地層や体化石の研究だけではなく、生痕化石の研究によって得られた成果を基に復元されていることもあります。このように、生痕化石はマニアックかもしれませんが、とても重要な研究材料なのです。私は、この生痕化石を専門に研究を行っています。
 これまでの研究では、特に糞の化石を対象として、国内外の様々な地層に実際に出向いて調査を行ってきました(図3)。糞の化石を詳しく調べることで、その糞をした動物が実際に何を食べていたのかが分かります。古生物の実際の餌が分かれば、食物連鎖の構造といった太古の生態系に関する情報を得ることが可能です。
 地質時代を通じて地球環境は常に変化し、それによって生物多様性の変動や生態系の進化が引き起こされました。このような地質時代を通じた生態系の進化の実態を解明するべく、様々な年代の地層を調査し、含まれる糞の化石を研究しています。具体的には、糞化石の形態やサイズ、あるいは糞化石中に含まれる餌資源の時系列変化を解析することで、地質時代を通じた生態系の進化という課題に取り組んでいます(図4)。

何の役に立つ研究なのか?

 糞の化石を調べることで、その糞をした動物が実際に何を食べていたのかを知ることができます。当然のように聞こえますが、実はこれは生態系の進化を考えるうえでも非常に重要なのです。すべての動物にとって、食べることは生きるためのエネルギーを摂取するということです。したがって、どのような餌をどのように摂取するかということは、個体の生存率に直結するので、その個体の適応度を左右することを意味します。
 一方で、現在生きている動物(現生生物)であれば、それが何を食べたかを知ることは可能です。リアルタイムで行動を観察したり、解剖して消化管の内容物を調べたりすればよいのです。しかし、古生物が相手となると、それらの研究手法を適用できないため、話は別です。糞の化石に頼るしかないのです。
 漠然とした話のためにイメージが湧きにくいかもしれませんが、糞の化石は生態系の進化を解明するために欠かすことのできない、とても重要な研究対象であることに変わりありません。

今後の計画は?

 ①②では、生痕化石(特に糞の化石)の重要性に焦点を当ててきました。一方で、生痕化石の研究を難しくしている問題点が存在します。冒頭で述べた通り、生痕化石とは古生物の行動の痕跡が地層中に保存されたものです。すなわち、生物遺骸そのものが残っているわけではないのです。したがって、地層中の生痕化石だけをどんなに詳しく観察しても、結局のところその生痕化石をつくった生物がどのような種類の生物なのか、というのが分からないのです。
 この問題は生痕化石を研究する以上、決して避けて通ることはできません。しかし、だからといって諦める必要はありません。現生生物の行動を観察し、その行動によってどのような痕跡が堆積物中に残されるのか、というデータを蓄積していくことが、今後の重要なテーマになると考えています。 このようなことは、意外にも生物学や生態学の研究分野では、あまり注目されてこなかったようです。生物学や生態学の場合、研究対象となるべき生物を直接観察できるので、その生物の行動の痕跡という間接的な証拠をあえて観察する、ということが少ないのでしょう。
 したがって間接的ではありますが、現生生物の行動の痕跡データを蓄積することによって、生痕化石をつくった生物が地層中に残されていなくても、もっともらしく科学的な根拠をもって形成生物を推定することができるようになります。まさに、地球科学と生物学の融合です。

関連ウェブサイトへのリンクURL

千葉大学研究情報データベースhttp://curt.chiba-u.jp/search/ResearcherDetail.aspx?resNo=3860

個人ホームページhttps://sites.google.com/site/kentarotizumi/in-japanese

成果を客観的に示す論文や新聞等での掲載の紹介

【書籍】
泉 賢太郎, 2017. 生痕化石からわかる古生物のリアルな生きざま. ベレ出版, 159 pp.(図5)

【主要な論文】
泉 賢太郎, 2018. 生痕化石研究の現状と重要性. 化石 no. 103, p. xxx-xxx(印刷中).
Izumi, K., Yoshizawa, K., 2016. Star-shaped trace fossil and Phymatoderma from the Neogene deep-sea deposits in central Japan: Probable echiuran feeding and fecal traces. Journal of Paleontology vol. 90, no. 6, p. 1169-1180.
Izumi, K., 2015a. Deposit feeding by the Pliocene deep-sea macrobenthos, synchronized with phytodetritus input: Micropaleontological and geochemical evidence recorded in the trace fossil Phymatoderma. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology vol. 431, p. 15-25.
Izumi, K., 2015b. Composite Phymatoderma from Neogene deep-marine deposits in Japan: Implications for Phanerozoic benthic interactions between burrows and the trace-makers of Chondrites and Phycosiphon. Acta Palaeontologica Polonica vol. 60, no. 4, p. 1009-1020.
Nakajima, Y., Izumi, K., 2014. Coprolites from the upper Osawa Formation (upper Spathian), northeastern Japan: Evidence for predation in a marine ecosystem 5 Myr after the end-Permian mass extinction. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology vol. 414, p. 225-232.

【主要な報道】
朝日新聞デジタル, 2014. 日本最古、脊椎動物のふんの化石 宮城・南三陸で発見.
財経新聞, 2014. 宮城県で、日本最古の脊椎動物の糞化石 大量絶滅後の生態系回復に新知見

この研究の「強み」は?

 生痕化石を研究することで、太古の生態系について、体化石の研究からでは分かり得ないようなデータを得ることができるところです。また、様々な年代の地層に含まれる生痕化石を研究することによって、数百万年~数億年といった非常に長い時間スケールでの生態系の進化に迫ることが可能です。

研究への意気込みは?

 研究を進めていくには、先行研究のレビュー、研究アイデアの捻出、野外地質調査、室内実験、データ解析、論文執筆といった様々なプロセスが必要になります。その中でも私は特に、研究のアイデアを重視しています。もちろん、野外地質調査法や実験方法などの専門的な技能を適切に身に付けることも大事です。しかし、自然科学分野の研究は実験手法や解析手法の客観性が求められるので、このような専門的技能については、理想的には地球上のいかなる人物が実行しても同じ結果が得られるはずです。
 それに対して、研究のアイデアというのは、先行研究をレビューして問題点を探し出したり、色々な分野の知見を総合して新たな課題を見出したりすることで生まれてきます。これらの行程は、研究者が違えば当然考え方や着眼点が異なるので、まさに研究者の個性が反映されるプロセスになります。私は、この点に研究活動の面白さを感じています。新たなアイデアを思いつき、その仮説に整合的なデータが得られたときは、非常にやりがいを感じます。

学生や若手研究者へのメッセージ

 生痕化石研究は魅力的な分野です。ただ世界的に見ても、決して研究規模の大きな分野ではありません。したがって、今後解決していくべき課題は残されているものの、それに取り組むことのできる研究者の数が多くない、という現実的な問題点もあります。
 しかし、これはチャンスです。というのも、生痕化石研究はあらゆる人に門戸が開かれている、と考えることができるからです。今後の課題が多い割には研究者人口が少ないということは、裏を返せばたくさんの研究テーマや研究アイデアが眠っていることを意味します。つまり、生痕化石研究に精通した大御所研究者でなくても、研究に取り組み始めたばかりの学生や若手研究者が世界的にも重要な研究成果を生み出すことも可能なのです。アカデミック業界においては、このことは非常に有利です。新たな研究成果を生み出すということは、既存の世界観に、それまで誰も知らなかった新たな知見を加える、ということです。これは非常にやりがいのあることです。
 最後に、生痕化石に興味を持っている学生さん、あるいはこの記事を読んで生痕化石が気になり始めたという学生さんへ。私の研究室では、所属学生の興味と主体性を尊重することを重視し、①好きなことや興味のあることに関連するテーマを研究すること、②研究活動のどこかにワクワクを感じて楽しみながら研究をすること、③研究活動を通じて人間性が豊かになること、④所属学生の研究テーマに多様性があること、の4点を基本コンセプトとして掲げています。是非、一緒に研究に取り組んでいきませんか?お待ちしております。

図2 生痕化石に注目することで、太古の生態系について復元できる世界が格段に広がります。この図のように、海洋生態系においては微小なプランクトンや各種遊泳生物、底生生物など多様性に富んでいますが、そのうち体化石として地層中に保存されるのはごく一部に過ぎません。具体的には、骨や殻といった硬組織を持っている生物が体化石として保存される確率が高いのです。一方で、巣穴の化石や糞の化石についてはそれらの"主"の生物は分解されてしまいますが、巣穴や糞そのものは堆積物中深くに残されるので、時間がたっても生痕化石として地層中に保存される確率は高いままです。このように、生痕化石に注目することで、体化石のみからでは分からないような太古の生態系の詳細な様子を推定することができます。

図3 地層中に保存された生痕化石の調査風景。2015年7月、イギリス・ドーセットでの調査。ここでは、ジュラ紀の地層中に保存されている、海洋無脊椎動物の糞の化石を対象に調査を行いました。

図4 糞の化石の研究風景。左の写真は、糞の化石を含む泥岩の薄片です。このような岩石薄片を偏光顕微鏡を用いて観察し、糞の化石の中にどのような餌物質が含まれているのか、ということを観察します(右写真)。

図5 2017年10月に刊行された生痕化石に関する一般書(以下、本書と記載)。本格的に生痕化石を研究するためには英文の専門書や論文を読むことは欠かせませんが、本書は一般向けに書かれたものなので、生痕化石に興味を持って最初に手に取る入門書のような感覚で読むことができると思います。Amazon (https://www.amazon.co.jp/)での書籍検索の結果(図1)によると、生痕化石に関する邦文書籍はこれまでたった11冊しか出版されていないので、その意味では本書は生痕化石に関する貴重な邦文書籍だと言えます。