特色ある研究活動の成果
Research

有機半導体の被占・空軌道の分裂と分子間バンド形成過程の直接観測

有機半導体の被占・空軌道の分裂と分子間バンド形成過程の直接観測

研究代表者
吉田 弘幸
共同研究者
①氏名、②フリガナ、③ローマ字表記、④所属部局名、⑤職名、⑥専門分野
①解良 聡,②ケラ サトシ,③KERA Satoshi,④分子科学研究所 光分子科学研究領域 光分子科学第三研究部門,⑤教授、極端紫外光研究施設長,⑥有機薄膜物性
①Prof. Dr. Torsten Fritz,②フリッツ トーステン,③Torsten Fritz,④Friedrich-Schiller-University Jena (Germany),⑤Professor, Chair for Applied Physics / Solid State Physics, Faculty for Physics and Astronomy,⑥表面科学

図1:有機半導体の中を電荷が流れる機構。ホールは最高被占軌道(HOMO)、電子は最低空軌道(LUMO)を通じて流れます。これらの軌道と軌道の重なりの大きさによって、電気の流れやすさが決まります。

吉田 弘幸教授

吉田 弘幸

YOSHIDA Hiroyuki

大学院工学研究院物質科学コース教授

専門分野:有機半導体電子物性

東京大学理学部化学科卒、東京大学大学院理学系研究科を修了し博士(理学)を取得。フランス国立科学研究センター(CNRS)研究員、京都大学化学研究所助教などを経て、2015年より千葉大学大学院融合科学研究科教授。2017年度より現職。独立行政法人科学技術振興機構(JST)さきがけ研究者を兼任(09〜13 年)。2012年に低エネルギー逆光電子分光法を開発。応用物理学会有機分子・バイオエレクトロニクス分科会論文賞、有機EL討論会業績賞を受賞。

どのような研究内容か?

 プラスチックなどの有機物は、ふつうは電気を流さない絶縁体です。しかし、有機物の中にもわずかながら電気を流す物質があります。これを有機半導体と呼んでいます。このような有機半導体は、電気を流すだけでなく、電気を光に変える発光素子や光を電気に変える太陽電池、信号増幅するトランジスターなどの半導体デバイスに応用することができます。特に有機発光素子は、有機EL素子と呼ばれ、すでにテレビやスマートフォン用の高性能ディスプレイに実用化されています。
 このような有機半導体デバイスでは、プラスの電荷をもつホールとマイナスの電荷をもつ電子が動くことで動作します。有機半導体は、有機分子が集まってできたものです。この有機半導体の中を電子やホールが流れるのは、一つ一つの分子の分子軌道の重なりを通じて、電子やホールが動いていくということです(図1)。私たちは、ホールが流れる最高被占軌道HOMOと電子が流れる最低空軌道LUMOの分子軌道の重なりを直接観測することに成功しました。これは、有機半導体の中でどのようにしてホールや電子が流れるかを明らかにするものであり、有機半導体の電気伝導特性を向上させたり制御するのに不可欠な情報です。
 有機半導体分子の分子軌道の重なりは量子力学の原理を利用して調べます。量子力学によれば、電子は粒子であると同時に波動性をもちます。この波動性によって、分子軌道が重なると、重なりの大きさに応じて、エネルギー準位が分裂します。2つの分子の分子軌道が重なれば2つに、3つの分子の軌道が重なれば3つに分裂します(図2)。量子化学の教科書にも必ず出てくる現象ですが、これまでHOMOについては2分子の分裂が観測されていましたが、3分子以上のエネルギー準位の分裂を実際に観測した例はありませんでした。また、LUMOについては分裂を観測した例は全くありませんでした。
 私たちは、錫フタロシアニンという有機半導体分子を2分子、3分子、と5分子まで縦に並べました。このようにして数を揃えて並べた分子について、紫外光電子分光法でHOMO、低エネルギー逆光電子分光法でLUMOを測定しました。その結果、HOMOとLUMOの両方について、分子軌道の重なりによるエネルギー準位の分裂を観測することに成功し、量子化学のヒュッケル法から予測される結果とよく一致することを示しました。また、分子軌道の重なりの指標である「移動積分」を求めました。

何の役に立つ研究なのか?

 本来は絶縁体である有機物の中をどのようにして電気が流れるのか、まだよくわかっていません。電気が流れるということは、有機半導体の分子と分子の間を「分子軌道の重なり」を伝わって電荷が移ることです。分子軌道の重なりが測定できれば、有機半導体を電気が流れる仕組みが解明できます。HOMOについては実験がありましたが、LUMOについては初めての観測です。
 有機半導体では、ホールに比べて電子は流れにくいことが知られています。このため、ホールを流すp型半導体に比べて電子を流すn型半導体の性能が低いことが大きな問題です。この研究結果が発展して、n型半導体の性能が向上すれば、有機EL素子や有機太陽電池などのホールと電子の両方が動作する両極性素子の特性向上、n型とp型トランジスターを組み合わせることで動作速度の速いコンプリメンタリ回路の実現など、幅広い発展が期待できます。

今後の計画は?

 分子の数が数個の場合には、ここで示したように量子力学の法則によって分子軌道のエネルギーが分裂します。分子が多数(たとえばアボガドロ数)になると、このようなエネルギー準位の分裂が連続的になり、「エネルギーバンド」が形成されます。次の研究目標は、有機半導体のLUMOのエネルギーバンドを観測することです。これまでに、HOMOのエネルギーバンドは角度分解紫外光電子法によって観測されていますが、LUMOのエネルギーバンドの測定はまだ誰もやっていません。そのために、角度分解低エネルギー逆光電子分光装置という新しい実験手法の開発に挑戦しています。

関連ウェブサイトへのリンクURL

http://adv.chiba-u.jp/nano/yoshida_lab/

成果を客観的に示す論文や新聞等での掲載の紹介

 下記の論文が5月27日にACS Editors' Choiceに選ばれました。ACS Editors' Choice とは、American Chemical Society(ACS)の出版する63の学術雑誌(the Journal of American Chemical SocietyやACS Nano、Nano Letterなどのインパクトファクターの高い学術雑誌を含む)すべての中からscientific editorの推薦で毎日一報だけが選出されるものです。
Yuki Kashimoto, Keiichirou Yonezawa, Matthias Meissner, Marco Gruenewald, Takahiro Ueba, Satoshi Kera, Roman Forker, Torsten Fritz, Hiroyuki Yoshida, "The Evolution of Intermolecular Energy Bands of Occupied and Unoccupied Molecular States in Organic Thin Films", J. Chem. Phys. C. 122, 12090-12097 (2018).

この研究の「強み」は?

 有機半導体の基本的な性質の解明につながる研究であると同時に、世界的にも類似の研究がない独創性の高い研究であることです。分子科学研究所とドイツのJena大学との3グループによる国際共同研究の成果であり、それぞれのグループがもつ独自技術を最大限に活かしたのがこの研究です。この中で、千葉大グループは、低エネルギー逆光電子分光と紫外光電子分光の測定、薄膜構造モデルの構築、ヒュッケル法によるエネルギー準位の解析など中心的な役割を果たしました。

研究への意気込みは?

 この研究で用いた低エネルギー逆光電子分光は、私たちが2012年に開発した独自の実験手法です。これまでできなかった有機半導体のLUMOや無機半導体の伝導バンドを直接観測できる研究手法で、世界中から注目されています。この新しい手法をさらに発展させることで半導体研究の可能性を広げていきたいと考えています。また低エネルギー逆光電子分光法を世界中に普及させるため努力しています。

学生や若手研究者へのメッセージ

 良い研究とは独創性の高い研究です。独創性は堅固な基礎の上にしか築くことができません。そのためには、時間と労力をかけて、しっかりと基礎原理を学ぶとよいと思います。簡単に手に入れたものはすぐに失われますが、時間をかけて得たものは長期間残ります。

図2:分子間で軌道が重なると、量子力学の法則によりエネルギー準位が分裂します。2分子(n=2)では2つに、3分子(n=3)では3つに分裂します。私たちは、錫フタロシアニンという有機半導体分子を2分子から5分子まで1次元(一直線上)に並べることに成功しました。これについて、HOMOとLUMOの両方の分裂を始めて観測しました。