特色ある研究活動の成果
Research

園芸植物における染色体の構造や動態に関する分子細胞遺伝学的研究

園芸植物における染色体の構造や動態に関する分子細胞遺伝学的研究

図1 花き園芸植物のトレニア・バイロニーの染色体にあるいくつかのDNA配列を蛍光検出している画像

菊池 真司助教

菊池 真司

Kikuchi Shinji

大学院園芸学研究科助教

専門分野:分子細胞遺伝学、植物遺伝育種学
鳥取大学大学院連合農学研究科博士課程、米国ウィスコンシン大学博士研究員を経て、2008年12月より千葉大学大学院園芸学研究科助教。農学博士。広範な園芸植物の染色体の形態や動態の解析を行っており、また植物染色体の最新の解析技術をモデル生物以外に用いることで育種へ応用することを目指している。2016年に一般財団法人染色体学会より染色体学会賞を受賞。他、一般社団法人日本育種学会・論文賞(2014年)。2011年から染色体学会評議員、2012年からChromosome Science編集委員。

どのような研究内容か?

染色体はタンパク質と一緒にDNAが折りたたまれてできた棒状の構造体ですが、その構造自体も遺伝子の発現や伝達に大きな役割を持ちます。また、生物の進化とともに染色体も数が増減したり、欠失、重複、転座や逆位などの染色体突然変異が生じて、遺伝子の配置換えが起こります。その結果、個々の生物は決まった数や形の染色体を持つことになります。これを核型と呼びます。私達は広範な園芸植物を研究材料として染色体を解析しており、それらの進化プロセスを解き明かしたり、染色体構造変異やエピジェネティック制御、核内での染色体の配置などが遺伝子の発現や伝達に及ぼす影響を明らかにしようと研究に取り組んでおります。また染色体工学とも呼ばれますが、薬剤などを用いて染色体の数を人為的に変えたり、放射線などで染色体の構造を改変した植物を開発して、品種改良(育種)に役立てることを目指しております。

何の役に立つ研究なのか?

 それぞれの園芸植物の遺伝的な構成を理解することは、理論的に再現性よく品種改良を行うために重要です。ゲノム情報が利用できる現在、異なる2種のゲノムを比較してDNA配列の相同性を調べることはできますが、交雑育種の成否においては、受精や発生のプロセスで働くいくつかの遺伝子がうまくかみ合うことが重要だったり、雑種の後代を獲得するには減数分裂で2種の染色体の対合や不分離の有無が鍵となってきます。野生植物から有用遺伝子を導入する研究では、育成した植物の染色体構成がどのようになっているか、遺伝的に安定しているのかを確かめるために、私達が取り組んでいる染色体解析が必要となってきます。加えて、種間交雑や属間交雑、突然変異処理を用いた研究も行っており、花色や形態が異なる花き園芸植物や収量が向上した油料作物を育成しました。これらの植物についてはさらなる改良に取り組んでおり、最終的には、実際の農業に役立つ品種を育成したいと考えております。

今後の計画は?

 これまで、トレニア、シクラメン、ヒガンバナ、ブバルディア、ラン科植物、リンゴ、ビワ、イチゴ、バレイショ、イネ、ムギ類植物、アブラナ科植物、油料植物のジャトロファなどの染色体解析を行ってきました。その中には、国際的に取り組んだ研究や地域の農業現場で問題になっている課題について取り組んだ研究もあります。これからも学問的な探求を続けていきたいと考えております。そのなかで園芸産業へ何か貢献ができないかと思っております。

関連ウェブサイトへのリンクURL

http://www.h.chiba-u.jp/lab/iden/index.html

成果を客観的に示す論文や新聞等での掲載の紹介

バイオ燃料作物Jatrophaの種間交雑に関する遺伝育種学的研究
Cytological characterization of an interspecific hybrid in Jatropha and its progeny reveals preferential uniparental chromosome transmission and interspecific translocation. Fukuhara S, Muakrong N, Kikuchi S, Tanya P, Sassa H, Koba T, Srinives P. Breeding Science 66:838-844 (2016)

種無しビワにおける種子形成リスクに関する染色体研究
Seed formation in triploid loquat (Eriobotrya japonica) through cross-hybridization with pollen of diploid cultivars. Kikuchi S, Iwasuna M, Kobori A, Tsutaki Y, Yoshida A, Murota Y, Nishino E, Sassa H, Koba T. Breeding Science 64:176-182 (2014)

重イオンビームによる染色体転座の効率と新しい育種技術への評価
Effects of heavy ion beams on chromosomes of common wheat, Triticum aestivum. Kikuchi S, Saito Y, Ryuto H, Fukunishi N, Abe T, Tanaka H, Tsujimoto H. Mutation Research 669, 63-66 (2009)

花き園芸植物トレニア2種の核型と種分化に関する考察
Genome size, karyotype, meiosis and a novel extra chromosome in Torenia fournieri, T. baillonii and their hybrid. Kikuchi S, Tanaka H, Shiba T, Mii M, Tsujimoto H. Chromosome Research 14:228-235 (2006)

この研究の「強み」は?

 1世紀以上の染色体研究の中で、多くの日本人の植物染色体研究者が研究分野の進展に貢献してきました。その後、現代の生命科学において遺伝子の機能解析が中心となっておりましたが、染色体やゲノムレベルでの研究が再び注目されてきたように思います。顕微鏡技術が向上し、新しい解析方法も開発されております。ポストゲノム時代のなかで染色体の研究はかなりユニークな存在です。今後は、DNA、染色体、ゲノム、細胞での解析結果を有機的に結びつけて遺伝的な現象を明らかにしていくことが重要であると考えております。

研究への意気込みは?

 30年以上前には多くの研究者が集まり染色体を研究する細胞遺伝学がとても進展しておりました。しかし近年になって、多くの細胞遺伝学者が分子生物学に研究分野を変えていきました。そのため細胞遺伝学には未解決な研究テーマが多く残されております。最新の実験技術を使ってそれらを解き明かしていきたいと思っております。

学生や若手研究者へのメッセージ

 この研究紹介にもあるように研究をしていると「何の役に立つ研究なのか」ということをよく問われます。しかし学問では「何の役に立つかは分からないが知りたいことを解き明かしたい」という純粋な気持ちで取り組むべきだと私は考えます。没頭するほどの情熱を持って取り組みましょう。

図2 重イオンビーム照射による染色体の切断と再結合(染色体転座:右図の矢印)。野生種(赤い染色体)の小さな染色体断片を栽培種へ導入できる技術。

図3 ゲノムアッセンブルの誤りの検出。ゲノムDNAの配列情報がつなぎ合わされてできたスキャフォールドに含まれる5つのDNA配列(赤いシグナル)を蛍光検出したところ、実際には同じ染色体上に並んでいない(繋がっていない)ことが明らかになった。