特色ある研究活動の成果
Research

細胞の運動を制御する新たな分子メカニズムの発見

細胞の運動を制御する新たな分子メカニズムの発見

研究代表者:溝口 貴正
共同研究者:
①氏名、②フリガナ、③ローマ字表記、④所属部局名、⑤職名、⑥専門分野
①伊藤 素行、②イトウ モトユキ、③Itoh Motoyuki、④大学院薬学研究院、⑤教授、⑥シグナル伝達・分子細胞生物学

溝口 貴正

溝口 貴正

Mizoguchi Takamasa

大学院薬学研究院助教

専門分野:発生学・分子細胞生物学

2008年 名古屋大学大学院理学研究科生命理学専攻 博士課程修了。広島大学(学振PD)、名古屋大学(GCOE研究員、学振PD)、千葉大学(学振PD)を経て2012年より現職

どのような研究内容か?

 受精卵から個体が出来上がる動物の発生過程において、複雑な器官や組織が構築されるためには分化した細胞が正しい位置に配置される細胞運動が重要です。またガン細胞の運動(ガン転移)とガンの悪性度に相関関係があることも知られています。細胞運動には一定方向に向かって持続的に運動する"方向性運動"と方向性を欠く"ランダム運動"の2つのパターンがあり、Rac1と呼ばれるタンパク質の活性が細胞内で局所的に生じるか、全体的に活性化されるかで制御されていると考えられています(図1) 。
本研究では、ヒト子宮頸ガン由来のHeLa細胞と発生過程の細胞運動の観察が容易なゼブラフィッシュを用いて解析を行いました。その結果、ユビキチン化酵素のMind bomb1 (Mib1)が"方向性運動"に重要であることを発見しました。本来は"方向性運動"をするHeLa細胞やゼブラフィッシュの細胞が、Mib1の機能を損なうと"ランダム運動"をするようになりました。この原因として、
(1)細胞内においてRac1を活性化させる機能を持つCatenin delta1(Ctnnd1) というタンパク質を、Mib1がユビキチン化修飾すること。
(2) Mib1によるユビキチン化によりCtnnd1のRac1活性化能が低下すること。 が明らかになりました。
以上の解析から、Mib1がユビキチン化を介してCtnnd1依存的なRac1の活性化を抑制して細胞を"方向性運動"に指向させるという、細胞運動に関する新たな分子メカニズムが明らかとなりました(図2)。

何の役に立つ研究なのか?

 受精卵から個体が出来上がる発生過程は非常に複雑で、細胞分裂・細胞分化・細胞運動・細胞死といった様々な現象が折り重なり、正しく制御されることによって制御されています。今回の研究成果は発生過程における細胞運動の分子メカニズムの一端を明らかにしたものであり、動物の形づくりの正しい理解に貢献すると考えられます。またガン治療においてガンの転移は解決しなければならない至上命題の一つです。今回の研究成果はガン細胞の細胞運動にかかわる分子機構を明らかにしたものでもあり、ガン転移を解明するうえで足掛かりによるような成果であると考えられます。

今後の計画は?

 今回の研究でガン細胞の細胞運動にMib1が関わることが明らかとなりました。しかしながら、本研究で観察したガン運動は培養細胞で観察されたものであり、実際に生体内のガン転移においてMib1がどのような機能を果たしているかは不明です。そこで今後はゼブラフィッシュガン転移モデルを使ってガン転移におけるMib1の役割を明らかにしようと考えています。Mib1の機能正常なガン細胞とMib1の機能を喪失させたガン細胞をゼブラフィッシュに移植し、血管への進入や移植場所から別の臓器への転移の様子を経時的に観察します。この実験により生体内におけるガンの転移能とMib1の機能とにどのような相関があるかを検証し、ガン研究に貢献できると考えています。
 またMib1によってユビキチン化されることが予想されるタンパク質がCtnnd1以外にもたくさんあることが報告されています。その中には細胞運動に関わることがすでに知られているタンパク質もあります。そのためMib1が複数のタンパク質の機能を同時に制御することによって細胞運動を正確にコントロールしていることが予想されます。Ctnnd1以外のMib1ターゲットタンパク質の機能とMib1との関連性を明らかにすることで、Mib1の細胞運動における機能の全貌を解明し、創薬に結びつけたいと考えています。

関連ウェブサイトへのリンクURL

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成果を客観的に示す論文や新聞等での掲載の紹介

Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS) 2017 Oct 31;114(44):E9280-E9289 "Mib1 contributes to persistent directional cell migration by regulating the Ctnnd1-Rac1 pathway"
Takamasa Mizoguchi, Shoko Ikeda, Saori Watanabe, Michiko Sugawara, Motoyuki Itoh

この研究の「強み」は?

 培養細胞系とゼブラフィッシュの二つの異なるモデル系を使ってMib1の新規機能を明らかにしたことが本研究の強みです。Mib1の機能に関しては様々な研究の蓄積がありましたが、本研究ではこれまで解析されてこなかった細胞運動におけるMib1の機能を解析しました。生化学的な解析が強みである培養細胞系と発生過程における細胞運動のライブイメージングが容易に行えるゼブラフィッシュトランスジェニックラインを組み合わせた解析を行い、Mib1がCtnnd1をユビキチン化するという新規機能を発見しました。

研究への意気込みは?

 細胞運動をはじめとする生命現象は細胞内外の様々な分子の働きによって成り立っています。それは非常に複雑で今回の研究成果はその一端を明らかにしたにすぎません。ですが、小さな知の蓄積がやがて大きな成果を生むと信じています。今後も生命現象の一端を一つ一つ明らかにしていきたいと思います。

学生や若手研究者へのメッセージ

 世界中で誰も知らないことを明らかにする、誰もやったことがないことをやるというのが研究です。自分が予想した通りに実験結果が出ることはなかなかありませんが、試行錯誤の結果、新たな結果が得られた瞬間は何物にも代えがたいものです。未踏知に足を踏み込んでみたい方は研究者という道を選んでみてはいかがでしょうか。

図1 細胞運動のパターンとRac1活性

図2 Mib1による細胞運動制御
通常の細胞ではMib1によるユビキチン化によりCtnnd1の機能は抑制されている。細胞の運動方向を決める誘導因子により局所的にRac1が活性化され、細胞は方向性運動を行う。Mib1の機能が失われると誘導因子以外にCtnnd1によってもRac1が活性化され、細胞全体でRac1活性が上昇し、細胞はランダム運動を行う。