研究
Research

右手-左手分子を自在に作り分ける触媒のテーラーメード開発

右手-左手分子を自在に作り分ける触媒のテーラーメード開発

ピアノの鍵盤のモチーフ画像

荒井 孝義教授

荒井 孝義

Arai Takayoshi

千葉大学大学院理学研究科教授

専門分野:有機化学

雪深い北海道岩見沢市出身です。北海道大学薬学部、東京大学大学院薬学系研究科で有機化学を学び、大阪大学産業科学研究所、ハーバード大学Schreiber研究室を経て、千葉大学に来ました。趣味は、お酒と温泉。「やりたいことをやる。」を信条に研究をしています。

どのような研究内容か?

二つの分子がキラル(鏡像)の関係にあり、重ね合わすことができないとき、鏡像異性体とよびます。この関係は,右手と左手の関係に例えられます。アミノ酸や糖は私たちの身体を形作る重要なキラル分子ですが、不思議なことに地球上におけるアミノ酸や糖の鏡像異性体の存在比は、一方に大きく偏っています。私たちが右手を出し合って握手をするように、身体を構成しているアミノ酸や糖が片一方のキラルな分子なわけですので、薬など私たちが摂取するものがキラルな分子の場合には、適切な鏡像異性体のみを用いなければなりません。私たちの研究室では、1つのフラスコのなかで、いかにして右手分子と左手分子を触媒によって作り分けるかという課題に取り組んでいます(鏡像異性体を作り分けられる触媒を不斉触媒といいます。)。しかしながら、現代の科学をもってしても不斉触媒の開発・評価には煩雑な操作が必要で、多くの時間と労力を必要としていました。
そこで、私たちは図1に示すような不斉触媒の迅速解析システムを開発しています。この解析システムでは、ポリマーに結合した不溶性の不斉触媒のライブラリーを用いて、溶液中の基質に対して目的の反応を行います。不斉触媒がポリマー上に局在していますので、反応が進行して生成物に不斉が誘起されて初めて、反応液に有意な円偏光二色性(CD)が検出されます(例えば、右手分子が上に凸のピークを与える場合は、左手分子は下に凸のピークを与える)。即ち、生成物を単離したり、反応液を精製したりしなくても反応溶液を直接CD検出器に導入し、各CDスペクトルのピーク強度を比較することで不斉触媒の有効性を相対的に評価でき、迅速に最良の触媒を探し出すことが可能となるわけです。

何の役に立つ研究なのか?

例えば、医薬品の開発では、特異な薬理作用を得るために高度に官能基化されたキラル化合物が必要です。医薬品のような分子は複雑な構造をしていますので、個別の標的分子に合わせて触媒を作り出すことは困難でした。私たちの「固相不斉触媒による反応」と「円偏光二色性(CD)検出」を組み合わせた迅速解析システムの開発により、不斉触媒のテーラーメード開発が可能になりました。図2で、三角形の中にあるのが、私たちが千葉大学で開発した配位子や触媒です。これらをもちいることで、三角形の外側に描かれた千葉大学オリジナルの複雑な化合物を合成しています。 一つのフラスコの中で、薬を創り上げるのが夢です。

今後の計画は?

千葉大学では、このように開発した千葉大学でしか作れない化合物を「千葉化合物ライブラリー」として集約し、千葉大学が誇る「治療学研究」と「キラリティー研究」の橋かけとする取り組みを始めました(図3)。理学・工学・薬学の有機化学者が作り出した化合物から、医学・薬学の生物活性評価により、抗がん活性や抗ウイルス活性を示すものが見出されています。産学連携も積極的に行い、千葉大発の医薬の創製を目指して、日々、研究を行っています。

関連ウェブサイトへのリンクURL

有機合成科学研究室

成果を客観的に示す論文や新聞等での掲載の紹介

千葉大学オリジナルの新規不斉触媒を多数開発してきました。例えば、図4-左に示すChem. Commun.誌の表紙を飾った研究では、千葉県がヨウ素を産出するユニークな県であり、ヨウ素が千葉の重要な産業になっていることから、ヨウ素を有機化合物に導入する化学に取り組み、世界最高の選択性と触媒活性を有する亜鉛を三つ取り込んだ錯体の開発に成功しています。また本錯体を回収再利用できるようにしたポリマー触媒を開発し、こちらも「手繋ぎのクッキーマン」として紹介されました(図4-右)。(図5もご覧ください。これらのカバーピクチャーは、研究室で描いたものです。)

この研究の「強み」は?

これらの成果は、反応機構の詳細な解析に基づくものでもあり、新しい触媒化学の発信として、学術的にも高い評価を得ています(図5-左)。触媒のライブラリーを用いることで、一つのフラスコの中で、医薬に成り得る複雑な分子を一挙に作り出す触媒をテーラーメードに開発することもできるようになってきました。図5-右に示すものは、このような研究のユニークさが評価され、『触媒のテーラーメード開発』として紹介されたものであります。また、これら独自の触媒化学を基に、『多様性志向型触媒的不斉合成:Diversity-oriented Asymmetric Catalysis (DOAC)』という新しい化学フィールドを構築しようとしています。

研究への意気込みは?

発明、発見をした時の喜びは、何物にも代えがたいものです。一つの発見から、芋づる式に研究成果が得られてきます。ユニークな分子をもって、未踏の科学に切り開く。僕の場合は、北海道出身ということもあり、開拓者精神でしょうか。

学生や若手研究者へのメッセージ

プロフィールにありますように、いろいろなところを経て、千葉大学に来ました。薬学に有機化学を学び、大阪大学産業科学研究所では工学的な環境で研究を進め、ハーバード大学では生物有機化学という境界領域に飛び込みました。そして、基盤から科学を切り開く千葉大学大学院理学研究科。様々な研究者と接し、異なった考え方を知ることは、今の研究に大いに役立っています。是非、外に出て多くのことを学びましょう。

図1 触媒の迅速探索システム

図2 オリジナルのキラル化合物合成

図3 理学研究科に設置された化合物ライブラリー管理室:化合物ライブラリーの活用を通して、大学院生の研究と教育にも重要な役割を担っています。

図4 亜鉛三核錯体の研究(左)とポリマー触媒(右)

図5 ダイナミックな触媒科学(左)と触媒のテーラーメード開発(右)