研究
Research

文学部 日本言語文化論講座 柴研究室

中世文学の研究を通して当時の人々の息吹や世界観に触れる

文学部 日本言語文化論講座 柴研究室

ー日本文化学科ー

さまざまな芸能が仏教と結びついていた平安末期から鎌倉時代にかけての文学や文化を題材に、仏教経典の読経の復元を中心とした研究を行う柴佳世乃教授。
中世文学研究の面白さや取り組んでいる授業などについてお話を伺いました。

柴 佳世乃

しば かよの

千葉大学文学部教授。(2014年4月時点)
お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程(比較文化学専攻)修了。日本学術振興会特別研究員を経て、2001年より千葉大学に着任。とくに説話文学、仏教文学研究。目下、中世期の読経音曲の復元に取り組んでいる。

先生が取り組んでおられる研究について教えてください。

私の専門分野は日本の中世文学ですが、文学といっても、単に文学作品だけを扱うのではありません。平安末期の院政期から鎌倉時代にかけては、音楽や歌謡といった音声にかかわる文化が深みを増していく時期に当たります。
また、さまざまな芸能が仏教とは切っても切れない関係だったため、たとえばお経を読むという行為が「芸」として表現されるといったことも出てきます。
私が自分の研究の中心に据えている読経道というテーマは、仏教の法要で唱えられる経典「法華経」がどのように読まれたかを研究するものです。

読経道の研究とは具体的にどのようなものなのでしょうか。

先ほど、さまざまな芸能が仏教と密接に結びついているという話をしましたが、その流れの中で、1100年代後半から1200年代にかけて、経典に書かれた文言を音曲的に読むということが行われるようになりました。もともと読経というのは音楽的なのですが、ルールや読み方が形づくられ、「道」になっていったのがこの時代なんですね。

ところが、こうした経典の読み方は次第に廃れていき、完全な形で残っているものはありません。私が研究フィールドとして通っている兵庫県姫路市の書寫山圓教寺でも、前近代から続いていた読経音曲が明治時代初期の廃仏毀釈で途絶えてしまいました。わずかに残る記録や資料をもとに、こうした読経音曲を復元させたいというのが私の目標です。

私が読経道というテーマに出会ったのは10年以上前ですが、研究はまだまだ端緒を開いた段階で、私のライフワークと言えると思います。

文学・文化研究の醍醐味とは、どのようなものなのでしょう。

これは特に古典の場合に言えると思うのですが、資料を読み解いていくことで、当時の人々がどんなことを考え、どのような世界観を持ち、どんな空気を吸っていたかを感じることができる点ではないでしょうか。さまざまな資料を的確に位置づけ、点から線に、線から平面に、さらには立体にしていくことで、文学史に出てくるような人物がまるですぐ隣にいるような感覚になるんです。
私が読経道を研究することになったきっかけも、最初は資料との出合いでしたが、「自分はこれでやっていこう!」という実感がありましたし、読経音曲の復元はまさに、点から始めて立体にしていくという作業だと言えます。学部の講義では、中世文学をはじめとする古典文学を幅広く取り上げていますが、こうした研究の醍醐味は、学生にも味わってほしいと考えています。私は全学向けの普遍教育科目で、「伝統文化をつくる」という授業を共同で担当していますが、これは千葉大学の地元・房総の伝承をもとに創作狂言を制作し、和泉流の狂言師の指導のもと舞台化するというものです。
単に調べるだけでなく、創作物として表現するというのは、伝承を真に理解するという点では効果的ですし、多くの学生にお勧めしたい授業です。

最後に学生へのメッセージをお願いします。

考え方にしろスキルにしろ、これから自分が生きていく上での根幹と言えるような部分を築いてほしいですね。
たとえば、古典の研究を通じて私が実感するのは、情報を取捨する能力の大切さです。資料や伝承の中には、信用できるものもあれば事実無根のものもあり、それを見分ける眼や、断片的な情報を結びつけていく想像力が必須です。こうした能力を磨くことは、情報にあふれた現代社会では特に役立つでしょう。
自また、読み解くだけでなく、自分でどう表現していくかという点も重要です。社会はさまざまな人で構成されているので、自分が果たすべき役割を見つけることができれば、自らを生かすことができます。そういう意味でも、いろいろな人と関わり、いろいろな体験をしてほしいですね。

普遍教育科目の授業「伝統文化をつくる」では、毎年、房総の伝承をもとにした創作狂言を制作。千葉県文化会館などで上演しています。

書寫山圓教寺から提供された図絵。こうした資料から当時の生活や文化を読み解くのも研究の一部。

柴教授の主著『読経道の研究』。読経道と出会ったときには、「眠れなくなるほど興奮しました。」(柴教授)