

千葉大学 大学院
国際学術研究院 見城研究室
近代日本と東アジアの歴史を研究し、
留学生との交流を推進
国際的視野を持った人材育成にも取り組む
見城 悌治(けんじょう・ていじ)
千葉大学大学院国際学術研究院教授。立命館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。1996年に千葉大学に赴任し、留学生センター専任講師、国際教養学部准教授などを経て、2020年より現職。著書に『留学生は近代日本で何を学んだのか』などがある。写真は辛亥革命赤十字隊記念碑前にて。

千葉大学 大学院
国際学術研究院 見城研究室
近代日本と東アジアの歴史を研究し、留学生との交流を推進
国際的視野を持った人材育成にも取り組む

見城 悌治(けんじょう・ていじ)
千葉大学大学院国際学術研究院教授。立命館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。1996年に千葉大学に赴任し、留学生センター専任講師、国際教養学部准教授などを経て、2020年より現職。著書に『留学生は近代日本で何を学んだのか』などがある。写真は辛亥革命赤十字隊記念碑前にて。
歴 史学を通して日本を捉え直す研究に取り組んでいる見城悌治教授。
近年では、戦前期の留学生の追跡調査を行うなど、研究の幅を広げています。研究内容や最新の成果、学生へのメッセージなどを伺いました。
研究内容について
教えてください
私の専門は歴史学で、とりわけ近代日本の思想文化や東アジア圏での文化交流といった観点から日本を捉え直す研究を行っています。例えば、現在の私たちが持っている日本という国の自己認識は、周辺諸国による認識と比べたり、長い歴史過程での変化を検証して相対化していくと、そのイメージが実態を必ずしも正しく反映していないことがわかってきます。固定化された理解にとらわれずに日本のイメージを再検証していくことは、グローバルな考え方を築くためにとても重要で、周辺諸国との相互理解を促進していくためにも意義ある研究だと考えています。
私が担当している普遍教育科目「日本イメージの交錯」は、こうした観点から世界の中での日本イメージを留学生も交える中で検討しています。一方近年は、2024年に変更される新1万円紙幣の肖像画に採用されたことでも話題の渋沢栄一が行った文化的社会的事業をまとめる研究なども進めています。

中国での講演活動に招かれることも多い。写真は、学術講演会「実業家・渋沢栄一の中国留学生支援」(2017年9月16日、済南市・山東師範大学にて)
戦前期の千葉大学留学生の
追跡調査もされていると聞きました
千葉大学の医学・薬学部の前身校である旧制千葉医学専門学校、千葉医科大学時代(1901年~1949年)は、中国、朝鮮、台湾から多くの留学生を受け入れていました。最盛期には、日本人入学者100名程度に対して10名前後の中国人留学生を受け入れていたといいますから、かなりの数ですよね。私にとって留学生の足跡をたどることは、研究分野である近代日本の歴史や東アジア文化交流とも関連します。千葉大学に赴任したときに留学生センターの専任講師をしていたこともあり、留学生がどのような目的を持って日本に留学し、その経験を祖国でどう活かしていったのか、そしてそれが日本のイメージや国際関係にどのような影響をもたらしたのかを掘り起こすことは、現代的な意義もあると考えました。それが留学生に関する歴史研究を始めたきっかけです。

「千葉大学国際学生会(CISG)」の顧問として、日本人学生と留学生との交流・支援活動をサポートするほか、地域ボランティア団体による留学生との交流支援企画にも携わっている。

CISGが主催する留学生の文化紹介「ユニバーサルフェスティバル」は56回を数えている
研究からどのようなことが
わかりましたか
外務省に残る資料や当時の新聞などから卒業した留学生たちの足取りを調査すると、中国の近代医学の発展に寄与した記録が残されており、日本での学びがしっかり活かされていることがわかりました。
帰国した留学生の活躍は、園芸やデザインの分野にも及びます。例えば、1925年に孫文が死去した際、墓所を含む「中山陵園」の設計・整備を担当した章守玉氏は、千葉大学園芸学部の前身、千葉高等園芸学校で学んだ留学生でした。
また、1911年に中国で辛亥革命が起きた際、医薬留学生たちが赤十字隊を組織して一時帰国し、革命軍・政府軍の負傷兵の治療に当たったという記録が残されています。亥鼻キャンパスの医学部本館前に建てられている記念碑はこの時のもので、教職員・学生もこの活動を支援したそうです。
こうした留学生をめぐる歴史を紐解くと、現在の千葉大学のグローバル教育に通じる当時の様子がうかがえるように思えてきます。

「辛亥革命赤十字隊記念碑」の落成記念写真(1912年)
1911年、清朝末期、内憂外患の中国を憂う、千葉医学専門学校の中国留学生が人命救療のため赤十字隊として帰国。その際、当時の荻生録造学校長たちが「緊急医療講習会」を開いたり、寄付を募るなどした。それに感謝した留学生たちが建立した碑である
ちばだいプレスのミニコラム
「もっと知りたい千葉大学」を
執筆していただいています
2012年12月に始まったこのコーナーでは、大学史や学部史のなかから「へえ~!」と思うようなネタを40以上紹介してきました。先ほどの辛亥革命時のエピソードなど、様々な歴史と伝統を背負ってきた各前身校が、1949年に新制千葉大学になりその後も、それぞれの個性を発現し続けている点が、千葉大学の歴史の魅力だと思います。ぜひそういう視点でキャンパスを眺め直してほしいですね。
最後に学生への
メッセージをお願いします
歴史学を学んでいる私が皆さんにお伝えしたいのは、物事を考える土台として、常に時間軸を意識してほしいということです。過去に縛られる必要は全くありませんが、未来を切り開いていくためには先人の喜怒哀楽を顧みることも必要です。さらに、この時間軸に加え、アジアや世界といった空間軸を意識することで、グローバルな視点で日本を捉え直す目も養われていくと思います。毎日の生活の中で少しずつ、そのようなものの見方を身につけてくれることを期待しています。