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広報誌ちばだいプレス

株式会社恋する豚研究所 代表取締役 社会福祉法人 福祉楽団理事長 飯田 大輔 さん
千葉大学OBOGインタビュー

母親の遺志を継いで福祉の道へ。
目指しているのは
誰もがその人らしく生きるコンヴィヴィアルな地域社会

株式会社恋する豚研究所 代表取締役
社会福祉法人 福祉楽団理事長

飯田 大輔さん

飯田 大輔(いいだ・だいすけ)
株式会社恋する豚研究所代表取締役、社会福祉法人福祉楽団理事長。東京農業大学農学部卒業。日本社会事業大学研究科修了後、社会福祉法人福祉楽団を設立。社会人として働きながら千葉大学大学院人文社会科学研究科で博士前期課程を修了。2012年、株式会社恋する豚研究所を設立し、代表取締役に就任。

千葉大学OBOGインタビュー

母親の遺志を継いで福祉の道へ。
目指しているのは
誰もがその人らしく生きるコンヴィヴィアルな地域社会

株式会社恋する豚研究所 代表取締役
社会福祉法人 福祉楽団理事長

飯田 大輔さん

株式会社恋する豚研究所 代表取締役 社会福祉法人 福祉楽団理事長 飯田 大輔 さん

飯田 大輔(いいだ・だいすけ)
株式会社恋する豚研究所代表取締役、社会福祉法人福祉楽団理事長。東京農業大学農学部卒業。日本社会事業大学研究科修了後、社会福祉法人福祉楽団を設立。社会人として働きながら千葉大学大学院人文社会科学研究科で博士前期課程を修了。2012年、株式会社恋する豚研究所を設立し、代表取締役に就任。

地域を舞台に、障害者や生活困窮者、子どもなど社会的弱者の支援に取り組んでいる飯田大輔さん。
ユニークなネーミングが気になる「恋する豚研究所」の設立経緯、福祉の道を選んだ理由やこれからの夢、学生に向けたメッセージなどを語っていただきました。

障害のある人の仕事をつくる
「恋する豚研究所」を設立

──

福祉楽団の概要を教えてください。

飯田

私が理事長を務める福祉楽団は、2001年に設立した社会福祉法人です。楽団という名前ですが、音楽事業はやっていません。オーケストラは、周囲と協力して自分が担当する音を奏でるという点で民主的な社会や福祉の理想的なあり方に通じると感じてこの名前を付けました。設立してすぐに特別養護老人ホームを開設し、現在は障害のある人の就労支援や生活困窮者の自立支援、「子ども食堂」など対象者や分野にとらわれない事業を行っています。2012 年には、障害のある人や、少年院からの出院者の就労支援を行うため、千葉県香取市に「恋する豚研究所」を開設し、精肉の卸売りや、ハムやソーセージの製造をしているほか、しゃぶしゃぶを提供する食堂も運営しています。

──

恋する豚研究所を設立した理由は何でしょう。

飯田

「クロネコヤマト」の宅急便を開発した小倉昌男さんが「福祉を変える経営」という本を出版したという話をラジオで聴いてすぐに本屋に走りました。帯には「月給1万円からの脱却」と書いてあって、障害者の平均賃金の低さに衝撃を受けました。福祉にも経営的な視点を取り入れて、障害者がきちんと稼げる仕組みをつくることが大切だと説いていて、すごく腑に落ちたんです。また、機会があって少年院の視察に行ったとき、少年院に入っている子どもの約半分が「障害者」であることを知り就労支援の重要性をさらに感じました。小倉さんは「スワンベーカーリー」というパン屋をつくって障害者の仕事をつくりましたが、私の場合は祖父が養豚をやっていたことや、豚肉が千葉県の特産品であることなどから、豚で仕事がつくれると考えて「恋する豚研究所」を設立しました。精肉の販路開拓では苦労もありましたが、現在では大手食品会社や百貨店とも取り引きできるようになってきています。食堂や直売所は、香取市の観光スポットとしても知られるようになり、県外からもお客様がいらっしゃっています。

ドラマ 画像

独自の発酵飼料で育てた豚肉の味を楽しめる「恋する豚のしゃぶしゃぶ定食」。この他に、「恋する豚のロース肉塩コショー焼き定食」や「8 種の野菜と恋する豚のスチームハンバーグ定食」が定番。

ドラマ 画像

食堂に併設されている直売所では、オリジナルのポン酢や地域の農家がつくった農産品も販売されている。

千葉大学に縁のある師と出会い
福祉の哲学を学ぶ

──

福祉の道に進んだ理由とその後の経緯を教えてください。

飯田

福祉は成り行きです。農業に興味があったので、大学は農学部を選んだのですが、大学3年のときに母が亡くなったことが人生の分岐点になりました。母は生前、社会福祉法人の設立準備を進めていて、すでに認可が下りていたので取り下げることができず、いわば母の遺志を継ぐ形で福祉法人の立ち上げに携わりました。とはいえ、福祉についてはまったくの素人なので、福祉を学べる大学で改めて学びなおしました。介護の勉強をするなかで、千葉大学の看護学部創設に携わった薄井坦子先生の「科学的看護論」を読む機会があり、介護も看護も同根の歴史を持ち、「科学」として捉えることに気づかされました。特別養護老人ホームでの仕事を続けながら千葉大学の看護学部に入学し、ケアについて勉強しました。そのときに、西千葉キャンパスで「社会保障論」を担当されていた廣井良典先生※の「ケア学」という本を読んで共感し、先生を訪ねるうちに、千葉大学大学院人文社会科学研究科に進むことを決意しました。

──

千葉大学で印象に残っているエピソードはありますか。

飯田

廣井先生から個別指導を受けた記憶は薄いのですが(笑)、10万字の修士論文を提出した翌月に、「専門誌に掲載するから8千字に要約するように」と言われました。出版されることに緊張して大変な作業でしたが、あれが修了前の「口頭試問」だったのだろうと思っています。廣井先生からは、広い視野で物事を見て、一つの実践に移すことの大切さを教わりました。哲学にまで踏み込んで福祉を学べたことは、現在の自分の行動基準にもなっていると思います。

※現在は京都大学に在籍

児童養護施設の創設を準備中
普通の暮らしができる家をつくる

──

今後の夢や目標について教えてください。

飯田

これからの地域社会のキーワードは「コンヴィヴィアリティ(Conviviality)」だと思います。自立共生などと訳される言葉で、個性を尊重し合いながら助け合える関係を指しますが、楽しむというニュアンスがあるのがポイントです。今、新たに取り組んでいるのは、虐待された子どもなどの社会的養護の分野で2024年に千葉県習志野市で児童養護施設を開設するために準備を進めています。福祉政策では、子どもの分野が最も立ち遅れていますので、普通の家のような暮らしができる児童養護施設をつくれればと思って勉強しています。

──

最後に、学生へのメッセージをお願いします。

飯田

「Think Globally, Act Locally」という言葉を贈りたいです。千葉大学はグローバル人材の育成に力を入れていると聞いていますが、若いときにいろいろな場所に行って多様な価値観に触れることは、その人らしく生きることを認めていくことにつながります。世界を見つつも、小さくてもいいのでアクションにすることが重要です。海外に出てバリバリ活躍することだけが答えではありません。コロナ禍で物理的な移動の難しい状況が続きましたが、多くの人に会い、社交の経験を積むことが代えがたい成長につながると思います。