ゼロ次予防戦略に基づく健康都市・空間デザインの研究と実践

図1 千葉大学予防医学センター健康都市・空間デザインラボの研究テーマ「ゼロ次予防戦略にもとづいた健康まちづくり/建造環境と健康に関する研究」

花里 真道
Hanazato Masamichi
予防医学センター准教授
専門分野:健康都市・空間デザイン学
2002年千葉大学工学部デザイン工学科卒業。2004年同大学大学院工学研究科修士課程建築専攻修了後、2007年まで建築設計事務所である株式会社栗生総合計画事務所にて建築設計実務を担当。在籍時の主な担当は「札幌駅前通地下歩行空間の建築デザイン監修」「札幌駅前通地上の建築・照明デザイン監修」「札幌創成川公園の建築デザイン監修」など。2008年より千葉大学予防医学センターにて研究・教育活動に従事。特任助教、特任准教授、工学部建築学科非常勤講師を経て2013年12月より千葉大学予防医学センター・健康都市空間デザイン学分野・准教授。
専門は、建築設計・計画、都市デザインと公衆衛生・予防医学。健康な都市・建築をどのようにデザインするかというテーマを中心に研究・教育活動を推進しています。

どのような研究内容か?
医学研究から得られたエビデンスにもとづき都市・空間をデザインする研究分野です。 疾病を予防するために、本人への働きかけは重要です。しかし、本人の健康への意識や行動は、その人の現時点の生活やこれまでの生活からも影響を受けることがわかってきました。そこで、本人の行動や努力だけに期待するのではなく、暮らしているだけで健康になってしまうような、地域の環境づくりのアプローチ"ゼロ次予防"が注目されています。
ゼロ次予防戦略によるまちづくりは、図1に示すように、個人の行動や選択へ働きかける、建造環境や社会環境を整えていくことをめざします。その結果として、健康の維持・増進につながると考えています。基礎研究として、暮らしているだけで健康につながる地域要因の探索を進めています。また、応用研究として、健康によい影響をもたらすことが国内外で明らかとなっている要因を、実際のまちづくりのなかに適用する実証研究を進めています。
【基礎研究"建造環境と健康"】
基礎研究として明らかにしてきた知見は、「傾斜がある地域は、高齢者のコントロール不良の糖尿病の減少と関連文献1」、「運動に適した施設がある地域は、高齢者の心疾患リスクの減少と関連文献2」、「安全・安心を感じる地域は、高齢者の心疾患リスクの減少と関連文献2」、「傾斜がある地域は、高齢者の転倒の減少と関連文献3」、「歩道が多い地域は、高齢者の閉じこもりの減少と関連文献4」などがあります。図2に、地域の歩道の量と高齢者の閉じこもりとの関連の結果を示しています。全国24市町の65歳以上の高齢者74,583人のデータ(JAGES2010データより)を解析して得られた結果です。歩道が多い地域に住む高齢者の閉じこもりを1とした場合、歩道が少ない地域に住む高齢者の閉じこもりは1.48倍であることが分かりました。歩道が少ない地域では、高齢者の外出行動に影響があらわれている可能性が示唆されます。
このような研究では、地域の特徴を見える化して分析することが重要です。図3に、地理情報システム(GIS)を用いた地域の健康情報の見える化と都市構造の関連に関する研究を示します。赤い部分ほど不健康なことを示していますが、こうした図を念頭に置きながら、どのような地域の特徴があるのか分析します。
【応用研究"デザイン・価値提案"】
応用研究としては、基礎研究で得られた研究成果を実際に建物づくりやまちづくりに展開するプロジェクトを実施しています。主なものとしては千葉県柏市で「柏の葉ウォーカブルタウン」の実現に向けたガイドライン策定とアクションプランの検討、デザイン介入の事例があります。また、千葉県船橋市では「ふなばしメディカルタウン構想」、千葉県長柄町では「大学連携型CCRCの健康デザイン」に取り組んでいます。産学連携も推進しており、株式会社竹中工務店と「健康な建築」、「健康なワークプレイス」に関する研究と実証、三井不動産株式会社とは「ウォーカビリティを高めるまちづくり」に関する研究と実証、イオンモール株式会社とは「健康への気づきを得る空間デザイン」に関する研究と実証を進めています。
例として、図4には、健康健築のデザインとして、健康住宅を提案し実際に建築したプロジェクト、化学物質の揮発を抑えたウェルネスオフィスの計画と実現のプロジェクトを示しています。また、図5には、大学連携型CCRCのデザイン提案事例で、地域の傾斜を活かして身体活動を積極的に高める遊歩道の計画案を示しています。

何の役に立つ研究なのか?
本研究は、暮らしているだけで健康になる環境の要因を明らかにし、その要因を地域に増やしていくことを目的としています。これらが実現すると、健康増進に積極的な人々の健康が高められるとともに、健康への関心が薄い無関心層の健康増進につながることが期待できます。健やかな生活により、社会保障費を抑えつつ、社会全体の生産性が高められ、持続的で成熟した社会の発展に貢献できます。
また、欧米では公衆衛生学分野を中心に、都市工学・建築学と医学分野の共同研究が盛んに実施されていますが、日本においては十分ではありません。本研究は両分野の研究成果や試みをつなげるプラットフォームの構築に寄与する研究分野と言えます。

今後の計画は?
基礎研究では、地域の食環境と健康との関連(フードデザート研究)、歩きやすい街と健康の関連(ウォーカビリティ研究)、公園や緑地などのグリーンスペースと健康の関連(グリーンネス研究)などに取り組んでいます。応用研究では、実際のまちづくりでの事例を増やし、それらの事例の効果検証を進めて行きたいと考えています。

関連ウェブサイトへのリンクURL

成果を客観的に示す論文や新聞等での掲載の紹介
1.Fujiwara T, Takamoto I, Amemiya A, Hanazato M, Suzuki N, Nagamine Y, Sasaki Y, Tani Y, Yazawa A, Inoue Y, Shirai K, Shobugawa Y, Kondo N, Kondo K. Is a hilly neighborhood environment associated with diabetes mellitus among older people? Results from the JAGES 2010 study. Soc Sci Med. 2017 Jun;182:45-51.
2.Inoue Y, Stickley A, Yazawa A, Shirai K, Amemiya A, Kondo N, Kondo K, Ojima T, Hanazato M, Suzuki N, Fujiwara T. Neighborhood Characteristics and Cardiovascular Risk among Older People in Japan: Findings from the JAGES Project. PLoS One. 2016 Oct 7;11(10):e0164525.
3.花里真道, 鈴木規道, 古賀千絵, 林尊弘, 辻大士, 近藤克則. 高齢者の転倒と地域環境の関連:JAGES2010データから 第73回日本公衆衛生学会総会(大阪,2016年11月)
4.花里真道, 鈴木規道, 古賀千絵, 斉藤雅茂, 近藤克則. 高齢者の閉じこもりと地域の歩道の関連:JAGES 横断研究 第74回日本公衆衛生学会総会(鹿児島,2017年11月)
図2 健康まちづくりの基礎研究:地域の歩道の量と高齢者の閉じこもりとの関連
図3 健康まちづくりの基礎研究:地理情報システム(GIS)を用いた地域の健康情報の見える化と都市構造の関連に関する研究
図4 健康健築のデザイン:(上段)健康住宅の提案/(下段)化学物質の揮発を抑えたウェルネスオフィスの提案
図5 大学連携型CCRCにおける健康まちづくり:傾斜を活かした身体活動を高める遊歩道の計画