特色ある研究活動の成果
Research

妊婦の血中マンガン濃度と児の出生時体格の関連:エコチル調査

妊婦の血中マンガン濃度と児の出生時体格の関連:エコチル調査

研究代表者
山本 緑
共同研究者
①氏名、②フリガナ、③ローマ字表記、④所属部局名、⑤職名、⑥専門分野
①櫻井 健一、②サクライ ケンイチ、③ Sakurai Kenichi、④予防医学センター、⑤准教授、⑥内分泌代謝学、環境医学
①江口 哲史、②エグチ アキフミ、③ Eguchi Akifumi、④予防医学センター、⑤助教、⑥環境分析化学・統計学
①羽田 明、②ハタ アキラ、③Hata Akira、④予防医学センター、⑤特任教授、⑥人類遺伝学
①森 千里、②モリ チサト、③Mori Chisato、④大学院医学研究院環境生命医学、⑤教授、⑥環境医学

図1

山本助教

山本 緑

Yamamoto Midori

予防医学センター助教

専門分野:疫学、生命倫理学

1988年千葉大学大学院薬学研究科博士前期課程修了後、製薬会社、調剤薬局勤務を経て、2006年より千葉大学大学院医学研究院、2010年より千葉大学予防医学センターに勤務。2016年千葉大学大学院医学薬学府4年博士課程(医学領域)修了、2017年より現職

どのような研究内容か?

 妊婦と胎児は胎盤とへその緒でつながっているため、妊婦の食事や健康状態は胎児の発達に影響します。身の回りの環境から体内に取り込まれた化学物質が、子どもの健康や発達にどのような影響を及ぼすのかを明らかにするために、環境省が2010年からエコチル調査を開始しました。エコチル調査では、日本国内約10 万人の妊婦とその配偶者、生まれてきた子どもを対象にして、血液や毛髪、母乳などの採取・保管と質問票調査を長期的に行っています。
 この研究では、妊婦の血中マンガン濃度に着目しました。マンガンはさまざまな食品に含まれ、体内の酵素のはたらきや骨の形成などにかかわっており、人にとって欠かすことのできない金属元素です。消化管にはマンガンの吸収量を調節するしくみがあるため、マンガンを多く含む食品をたくさん摂取しても血中マンガン濃度はほぼ一定に保たれますが、妊娠や食生活や生活環境などにより、血中マンガン濃度がある程度変動します。近年の研究によって、妊婦の血中マンガン濃度が子どもの発達にかかわっている可能性が指摘されています。そこで、エコチル調査のデータを使って、日本国内の妊婦約1万6000人の血中マンガン濃度と新生児の体格との関係を調べました。
 その結果、妊婦の血中マンガン濃度は4.3~44.5 µg/Lで、特に濃度が高い場合や低い場合、男の子に限って出生体重が減少することがわかりました(図2)。この関係は、妊娠28 週(妊娠8 か月)以降の血中マンガン濃度で見られ、妊娠14~27週では見られませんでした。また、子どもの性別に関係なく、妊婦の血中マンガン濃度が低いと、出生時の頭囲がわずかに減少する傾向も認められました。しかし、今回の研究では、どのような仕組みでこのような関連がみられるのかはわかっていません。

何の役に立つ研究なのか?

 子どもの出生時の体格が小さい場合、生後すぐの疾患や成長の過程で慢性疾患を発症する可能性が高くなることが指摘されています。日本では諸外国よりも体重が小さい赤ちゃんが生まれる傾向が高く、対策が求められています。胎児の成長を阻害する要因はいろいろありますが、今回の研究によって、妊婦の血中マンガン濃度も要因の一つであることが明らかになりました。

今後の計画は?

 エコチル調査では、妊娠中から環境や子どもの健康状態、発達のようすなど、非常に多くのデータを収集しており、引き続き子どもの成長を追跡していきます。今回は、妊婦の血中金属濃度の測定結果を使いましたが、他の化学物質についても測定が進められています。今後も化学物質だけでなく、生活習慣、社会環境、遺伝的な影響などさまざまな観点から、環境と子どもの健康とのかかわりを調べていきます。

成果を客観的に示す論文や新聞等での掲載の紹介

・Yamamoto M. et al. "Association between Blood Manganese Level during Pregnancy and Birth Size: the Japan Environment and Children's Study (JECS)" Environmental Research 172, 117-126 (2019)
http://dx.doi.org/10.1016/j.envres.2019.02.007

・Focus「妊婦の血液のマンガン濃度で赤ちゃんの体重が変わる」科学雑誌Newton 2019年6月号 13頁
https://www.newtonpress.co.jp/newton/back/bk_201906.html

この研究の「強み」は?

 従来の研究では、研究対象者の数が少ないため、極端に血中マンガン濃度が低い場合や高い場合について十分に調べることができませんでした。この研究では、大規模なデータを使うことによって、妊娠中の血中マンガン濃度と子どもの出生時の体格との関係と子どもの性別によって関係に違いがあることを示すことができました。

研究への意気込みは?

 子どもは大人よりも環境の影響を受けやすい性質があります。自分の環境を選ぶことができない子どもたちのためによい環境をつくるのは私たち大人の責任です。
 子どもの健康や発達とさまざまな要因とのかかわりを正確に調べるためには、大規模かつ長期間にわたる調査が必要です。エコチル調査は、日本全国のたくさんのお母さんやお父さん、医療機関や地域の保健センターなどの協力によって成り立っており、世界からも注目されています。このデータを生かして、今後も子どものすこやかな成長を支える環境づくりに役立てるため、研究を進めていきます。

学生や若手研究者へのメッセージ

 予防医学センターでは、未来を担う子どもたちがより健やかに過ごせる環境づくりを目指した「エコチル調査」「こども調査」の他、さまざまな調査研究を行うとともに、予防医学や環境保健の研究者となる人材を育成しています。興味がある方は予防医学センターのホームページ(http://cpms.chiba-u.jp/)と、それぞれの調査のホームページ「こども調査」(http://cpms.chiba-u.jp/kids/)、「ちばエコチル調査」(http://cpms.chiba-u.jp/kodomo/)をご覧ください。

図2 妊婦の血中マンガン濃度と男児の出生体重との関係
実線は出生体重の推計値、点線は95%信頼区間(精度を表す指標)、横軸上の縦線は一人一人の測定値を示しています。
男児の出生体重は、妊婦の血中マンガン濃度19 µg/L付近で最も多く、低濃度、高濃度では出生体重が減少しました。