特色ある研究活動の成果
Research

蚊の飛行メカニズムの解明

蚊の飛行メカニズムの解明

図1 撮影した蚊の飛行。8台の高速度カメラを用いて毎秒1万フレーム(シャッタースピードは20万分の1秒)で撮影した。

中田 敏是

中田 敏是

Nakata, Toshiyuki

大学院工学研究院特任助教

専門分野:バイオメカニクス,流体力学,構造力学,流体構造連成

2012年千葉大学大学院工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。その後オックスフォード大学(英国)、王立獣医大学(英国)でポスドク研究員、2016年1月より千葉大学で特任助教(プロジェクト付き)。2017年4月より現職(テニュアトラック)。

どのような研究内容か?

 Richard Bomphrey博士、Nathan Phillips博士(Royal Veterinary College、英国)、Simon Walker博士(University of Oxford、英国)と、私からなる研究グループは、高速度カメラによる3次元運動測定とシミュレーションによって、蚊の飛行メカニズムを明らかにしました。
 この研究では、飛行中の蚊を高速度カメラで撮影し、測定した3次元的な翅(はね)の羽ばたき運動を用いてシミュレーションを行い、蚊の空気力学的な力発生メカニズムを調べました。その結果、蚊の羽ばたき運動は1秒間に約600〜800回と、同程度のサイズの昆虫と比較して、非常に高速であることがわかりました。彼らの翅の運動の振幅(翅のストロークの角度)は約40度と非常に小さく、これまで測定されてきた昆虫の中でも最小の振幅であるミツバチの約90度と比較して、その振幅は半分以下です。
 このような翅の特殊な運動によって、蚊は、後縁渦、前縁渦、回転抗力という、三つの空気力学的メカニズムを用いて、自重を支える空気力を発生し、飛行しているということが明らかになりました。このうち、前縁渦は、様々な生物が、飛行の際に空気力を発生するために、非常に重要な空気力学的メカニズムであるという事がわかっています。後縁渦は、羽ばたき運動の初期に、前の羽ばたきによって生じた流れと翅の相互作用によって、翅の後ろ側(後縁)に生じる渦です。回転抗力は、羽ばたき運動の後期に、次の羽ばたきに備えるために翅が長手方向に急速に回転することによって生じる空気力です。この後縁渦と、回転抗力という空気力学的メカニズムは、他の昆虫では見つかっておらず、現時点では蚊にのみ見られる特殊な現象です。

何の役に立つ研究なのか?

 蚊は我々にとって比較的身近な生き物であり、様々な病気を媒介することで知られています。悪い意味で人間への影響が大きく、そのような生物を、様々な観点から理解する事は、非常に重要です。蚊の飛行は、生物の世界では非常に特殊ですが、その特殊さは、生態の特殊さと密接に関わりがあると考えられ、他の生物の飛行と生態の関わりの理解にも役立つと考えられます。
 また、近年、撮影などの用途で注目を集めるドローンの応用が、我々の身の回りで急速に広がっています。このドローンが活躍する環境では、古来、昆虫などの生物が、縦横無尽に飛行してきました。蚊に限らず、生物の飛行のロバスト性と多様性は、より信頼性の高い高性能なドローンのような機械システムの創製のための、絶好の規範であるといえます。

今後の計画は?

 蚊に限らず、昆虫などの生物は、過酷な自然界において、自らの姿勢などの情報を絶えず集め、それに応じて翅の運動を制御し、姿勢を安定化・調整することで、巧みな飛行を実現しています。特に飛行生物の場合、羽ばたき運動によって乱れた空気を介して、餌の匂いや配偶者のフェロモン等の外部からの空気と共に伝わる情報を得る必要があります。彼らが情報をいかに得て、それをどのように統合し、また、それを彼らの生態の中でどのように利用しているかということが解明できれば、ドローンの安定性・信頼性の向上にも大きく役立ちます。
 生物が人工物と大きく異なる点として、翅や筋骨格が柔軟であることがあげられます。空気の流れと柔軟な構造の相互作用は、流体構造連成現象と呼ばれ、モデリングが難しいことが知られています。生物の場合、構造や形が複雑なため、モデリングはより困難です。現在急速に発展を見せている情報科学を駆使し、観察が非常に難しい柔軟構造を用いた安定推進メカニズムの解明に向けて、研究を行っていく予定です。

成果を客観的に示す論文や新聞等での掲載の紹介

1.Bomphrey, R.J., Nakata, T., Philips, N. & Walker, S.M. Smart wing rotation and trailing-edge vortices enable high frequency mosquito flight. Nature, 2017; 544: 92-95. DOI: 10.1038/nature21727
2. Nakata, T., Liu, H. & Bomphrey, R.J. A CFD-informed quasi-steady model of flapping wing aerodynamics. Journal of Fluid Mechanics, 2015; 783: 323-343. DOI: 10.1017/jfm.2015.537.

図2 シミュレーションによって得られる蚊の周りの空気の流れ。青い部分は渦を示し、赤い部分は、渦に伴って生じる下向きの流れを示す。この下向きの流れを生み出す反作用によって、蚊は自重を支えるための鉛直方向の力を発生することができる。

図3 蚊の羽ばたき運動(打ち下ろし)と、翅の周りの流れ。翅の断面を黒い直線で、前縁を黒丸で示している。シミュレーションによって得られた圧力分布(赤が正圧、青が負圧)も同時に示している。羽ばたき初期の後縁渦、中期の前縁渦、後期の回転抗力によって、翅の上面で大きな負圧が生じ、空気力を発生することができる。