次世代型高強度マグネシウム合金の創製

写真1:マグネシウム円柱の塊を女性が片手(指3本)で持っている写真

糸井 貴臣
Itoi Takaomi
大学院工学研究院 教授
専門分野:材料工学、機械材料
1994年に姫路工業大学工学部卒業。1999年に東北大学大学院工学研究科を修了し、工学博士を取得。東北大学金属材料研究所中核的研究機関研究員(1999-2001)、北見工業大学教務職員(2001-2002)、千葉大学助教(2002-2010)、同准教授(2010-2020)を経て、2020年より現職。2015年に「長周期型マグネシウム合金の組織と機械的特性」で軽金属学会より軽金属躍進賞を受賞。

どのような研究内容か?
マグネシウムは密度が1.74g/cm3と、アルミニウムの2/3、鉄の1/4であり、建物や輸送機器の構造材料として用いる金属の中で最も軽量です。ただし、変形のし難さを示す"強度"はアルミニウム合金に比べ低く、工業的に広く用いられるためには高強度化が課題です。つまり、次世代型の軽くて強い合金を開発する研究です。我々の研究グループでは合金化に注目し、遷移金属(例えばNi:ニッケル)と希土類金属(例えばY:イットリウム)をわずかな量(原子比で10%程度)マグネシウムに合金化することで高強度化を試みています。写真1はマグネシウムの円柱の塊を女性が片手(指3本)で持っている様子を示しており、その軽さがわかると思います。図1(左)は作製したMg合金塊とその内部組織を透過型電子顕微鏡の走査モードにより観察した原子像(右)です。原子の大きさ程度まで絞り込んだ電子線を試料上で走査させることで、原子の配置と、X線の情報からその元素の種類についても同時に知ることができます。像中の白く見える部分はイットリウム原子、暗く見える部分はマグネシウム原子を示しており、それらの中間色はニッケル原子を示しています。ニッケル原子とイットリウム原子は規則正しく配列したクラスターを形成しており、変形においてマグネシウムの原子の位置をずれにくくすること、すなわちマグネシウム原子の移動を妨げることで、著しく強度を向上させます。図2に示すように、本研究で作製したマグネシウム合金板材の比強度(強度を密度で除した値)は、商用で販売されているマグネシウム合金や超々ジュラルミンの比強度を超え、航空機に用いられる高強度チタン合金に迫る高い値を示し、わずかに添加したニッケルやイットリウムが効果的に高強度化に寄与していることがわかります。これまでに生み出されていない元素の組み合わせにより、ニーズに応じた未知の材料を創製し、機能発現(高強度化)の起源について原子レベルまでの解析を行い理解・解明できることは、大学での研究の醍醐味です。

何の役に立つ研究なのか?
現在、地球環境問題と省エネルギーに対するニーズが高まっています。輸送機器の軽量化は燃費の直接的な改善に結びつきます。従って、自動車の軽量化による二酸化炭素の排出量の軽減と燃費向上という課題に、素材で貢献することができます。製品の軽量化は共通課題の一つであり、現在は、多くのモバイル機器等にマグネシウム合金が使用されており、社会に浸透してきました。

今後の計画は?
本研究で作製したマグネシウム合金は、図3に示すように1000度程度の温度まで加熱して溶融状態となっても発火や燃焼をしません。つまり、高い強度のみならず、"難燃性"という性質を持ち合わせています。これは添加したイットリウムが高温での溶解の際、マグネシウムが酸化して発火するよりもはやく、自身が酸化して保護膜となってくれるためです。高強度化のために添加した金属が思いもよらない性能を発揮してくれたことから、自動車のみならず、素材の難燃性が厳しく問われる鉄道車両や航空機の構造部材への使用が可能となったことから、次世代型の高強度マグネシウム合金として輸送機器全般に使用できるよう努力していきたいと考えています。

関連ウェブサイトへのリンクURL
Researchmap:
https://researchmap.jp/read0090260

成果を客観的に示す論文や新聞等での掲載の紹介
1.Long period stacking structures observed inMg97Zn1Y2 alloy
T Itoi, T Seimiya, Y Kawamura, M Hirohashi
SCRIPTA MATERIALIA 51(2) 107 - 111 (2004)
2. A high-strength Mg-Ni-Y alloy sheet with a long-period ordered phase prepared by hot-rolling
T. Itoi, K. Takahashi, H. Moriyama, M. Hirohashi
SCRIPTA MATERIALIA 59(10) 1155 - 1158 (2008)
3.Mg12ZnY相を有するMg-Zn-Y圧延板の組織と機械的特性
糸井 貴臣、鈴木 武、河村 能人、広橋 光治
軽金属 59(8) 444 - 449 (2009)

この研究の「強み」は?
資源的にも豊富で、リサイクル可能な金属を用いた研究であり、軽量化のニーズも多いこと。

研究への意気込みは?
学生と楽しく研究できるように努めています。

学生や若手研究者へのメッセージ
すぐに役立つものは、すぐに役に立たなくなります。目立つことのない、日々の地道な努力の積み重ねが、10年後の結果につながります。
図1:作製したMg合金塊(左)と透過型電子顕微鏡の走査モードにより観察した内部組織の原子像(右)
図2:マグネシウム合金と他の軽金属合金の比強度の比較
図3:マグネシウム合金の燃焼試験