特色ある研究活動の成果
Research

性フェロモンを利用したリンゴ、ナシの難防除害虫の被害低減技術

性フェロモンを利用したリンゴ、ナシの難防除害虫の被害低減技術

図1 ヒメボクトウ(チョウ目、ボクトウガ科)成虫

中牟田 潔

中牟田 潔

Nakamuta Kiyoshi

園芸学研究科教授

専門分野:化学生態学
佐賀県佐賀市出身。1984年3月名古屋大学大学院農学研究科博士後期課程修了、「ナナホシテントウの捕食過程の行動学的研究」により農学博士の学位を取得。日本学術振興会特別研究員などを経て、1989年4月より独立行政法人森林総合研究所に勤務し、森林昆虫の信号化学物質に関する基礎的研究およびその生物被害制御への利用に関する研究に従事。2009年4月より現職。生物間の化学コミュニケーションの解明を主たるテーマとしている。

どのような研究内容か?

 性フェロモンとは、雌あるいは雄が体外に放出して、異性である雄あるいは雌を誘引し、交尾を引きおこすセミオケミカル(信号化学物質)です。ガの仲間では、雌が放出する性フェロモンが雄の飛翔を引き起こし、雌へたどり着くことを可能にしています。このような性フェロモンの化学構造を明らかにして、合成することにより、対象昆虫のモニタリングや防除への利用が可能になります。ヒメボクトウ(図1)は幼虫が、リンゴやナシの樹体内を食害するため、通常の殺虫剤散布では効果が得られず防除が難しい害虫です(図2)。そこで、すでに化学構造を解明していたヒメボクトウの性フェロモンを合成して、果樹園に充満させて、雌雄の交尾を阻害し、次世代の密度を減らす「交信かく乱」(図3)効果を検証しました。その結果、交信かく乱処理3年目に被害を3分の1まで減らすことができました(図4)。その成果をもとに農薬登録を取得し、「ボクトウコン®-H」の実用化に至りました。

何の役に立つ研究なのか?

 化学生態学は役に立つ研究を目指している訳ではありませんが、ヒメボクトウの性フェロモンの例が示すように、働きや化学構造を解明したセミオケミカルを何かに使えないかとの応用への意識が頭の片隅に少しでもあれば、なにか問題が起きたときに応用研究が可能になります。
 「ボクトウコン®-H」は、リンゴ、ナシの栽培地帯で生産者の皆さんに利用されており、ヒメボクトウの被害低減に役立っているものと思います。

今後の計画は?

 性フェロモンに限らず、生物間の相互作用に関わるセミオケミカルの研究を続けます。そして、園芸産業や農業において何らかの貢献ができればと思います。

成果を客観的に示す論文や新聞等での掲載の紹介

交信かく乱により、ヒメボクトウ雌雄成虫の交尾が阻害され、被害が低減することを報告した論文
Nakanishi T, Nakamuta K, Mochizuki F, Fukumoto T (2013) Mating disruption of the carpenter moth, Cossus insularis (Staudinger) (Lepidoptera: Cossidae) with synthetic sex pheromone in Japanese pear orchards. Journal of Aisa-Pacific Entomology, 16:251-255.
Hoshi H, Takabe M, Nakamuta K (2016) Mating disruption of a carpenter moth, Cossus insularis (Lepidoptera: Cossidae) in apple orchards with synthetic sex pheromone and its registration as an agrochemical. Journal of Chemical Ecology 42: 606-611.
また、研究成果は、2014年4月20日、および2015年5月8日、日本農業新聞において紹介されました。

この研究の「強み」は?

 ヒメボクトウの被害は千葉大学周辺には見られず、交信かく乱効果を検証するには被害現場に近い研究機関との連携が不可欠でした。そこで、国立研究開発法人農研機構、山形、福島、徳島各県の試験研究機関、信越化学工業と共同プロジェクトを立ち上げ、3年間で効果を検証できました。このような連携を組めたことが最大の「強み」と言えます。

研究への意気込みは?

 生物間コミュニケーションにおけるセミオケミカルの機能や化学構造の解明に向けて、研究室に所属する学生達とさらなる努力を重ねたいと思います。

学生や若手研究者へのメッセージ

 植物同士、植物−動物間、あるいは動物同士など生物間のコミュニケーションには、われわれがまだまだ知らない現象やメカニズムがあります。それらを明らかにすることにより、新たな知の蓄積、さらには社会で利用可能な技術へと発展する可能性があります。このような科学を学んでみませんか!

図2 ヒメボクトウ幼虫によるナシの被害
幼虫は孵化から蛹になるまでこのように集団で食害する。被害が激しい場合には木を伐らざるをえない。

図3 交信かく乱のイメージ図
枝に下がっている赤いチューブから合成性フェロモンが少しずづ揮散し、圃場全体を被ってしまう。

図4 福島県内リンゴ園におけるヒメボクトウ被害率の推移
2011年に交信かく乱を始めて、2013年に被害が顕著に低下した