特色ある研究活動の成果
Research

風土記からみる「地域」へのまなざし ―古代から現代まで―

風土記からみる「地域」へのまなざし―古代から現代まで―

兼岡 理恵准教授

兼岡 理恵

Kaneoka Rie

大学院人文科学研究院准教授

専門分野:日本古代文学

千葉県出身。1998年東京大学文学部卒業。2000年東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了。2003年同・博士課程単位取得退学。2006年博士(文学)。2003~2006年日本学術振興会研究員(PD)、2007~2010年東京経済大学専任講師、2010~15年千葉大学文学部准教授、2015~17年同・大学院人文社会科学研究科准教授、2017年~同・大学院人文科学研究院准教授、現在にいたる。著書『風土記受容史研究』(笠間書院 2008)により、2009年第26回上代文学会賞受賞。2013年千葉大学先進科学賞受賞。

どのような研究内容か?

 今から約1300年前、713年(和銅6年)に出された朝廷からの命により、日本各地で編纂された地誌、それが風土記です。当時、日本には約60余りの国があり、各国ごとに風土記が編纂されたはずですが、現在、まとまった形で残るのは常陸・播磨・出雲・豊後・肥前の五カ国しかありません。「なぜ風土記は残っていないのか/いるのか」という問いを出発点に、風土記が編纂されてから現代にいたるまで、どのように享受されたかを通じて、各時代における地域へのまなざしを辿っています。
 たとえば風土記は、江戸時代後期~明治初め頃まで、写本によって流通していました。現存する写本からその伝播状況をたどることで、風土記をめぐる「知」のネットワークの解明が可能です。このような風土記へのまなざしを追うことは、現代に生きる我々にとって「地域」「郷土」とは何か、という問いに繋がるのです。

何の役に立つ研究なのか?

 風土記の主な内容は、土地の産物、伝説、そして地名の起源です。たとえば『常陸国風土記』には、常陸の由来として、ヤマトタケルがこの地を訪れた時、井戸を掘らせてその水で手を洗ったところ、袖が「ひつ(漬された)」ことからヒツ→ヒタチとなったと語られています。風土記の地名起源には、こうしたダジャレのようなものが多いのですが、これが朝廷に提出する公文書なのですから驚きです。古代の人々の言語感覚を考える上で、非常に興味深いものです。
 また明治~大正期には、風土記の注釈書が次々に出版されます。たとえば民俗学者・柳田國男は、播磨の出身ですが、その兄・井上通泰、弟・松岡静雄は、いずれも『播磨国風土記』の注釈を刊行しています。柳田自身も、その著述の端々に風土記を引用したり、『播磨国風土記』に対する並々ならぬ思いが窺えます。一方、戦時下には、日本人の「郷土」「愛国」意識を高揚するために、風土記が「利用」されるようになります。このように風土記を通じて、近代における日本人の「郷土」意識が見えてきます。
 さらに近年は「町おこし」の材料として、風土記が活用されるようになりました。島根県では、地元菓子メーカーが、『出雲国風土記』の写本にそっくりなパッケージに入った、出雲名産・出西しょうがを練り込んだ餅菓子、「出雲国風土記」を作ったり、兵庫県佐用郡佐用町では、『播磨国風土記』に鹿が多く登場することにちなんで、鹿肉を練り込んだ「鹿肉コロッケ」をご当地グルメとして売り出しています。これらも現代における風土記享受の一例でしょう。

今後の計画は?

 風土記には五カ国以外にも、他書に引用されたことによって、その存在が確認できる「逸文」があり、その数、約40カ国にのぼります。そうしたわずかな手がかりから「原・○○国風土記」はどのような内容だったのか、「失われた風土記」の実像に迫っていきたいと思います。
 また講義用教材として、千葉大学アカデミック・リンク・センター共同研究部門の協力により、風土記デジタル地図を作製しました。これはGoogle Earthを利用したもので、古代と現代の地図を重ね合わせたり、写真や文章を張り込んだりすることが可能なもので、風土記の視覚的な理解を深めることが出来ます。このような研究・教育活動を通じて、『万葉集』『古事記』等と較べるとまだまだマイナーな風土記を、より多くの方々に知ってもらえるよう、走り続けたいです。

関連ウェブサイトへのリンクURL

学生による文学部紹介:教員インタビュー
教員要覧

学生や若手研究者へのメッセージ

 皆さんにゆかりの地域には、必ず歴史があります。そしてそこに生きた沢山の人々。まずは足元から見直してみましょう。そして外へ出て、五感をフルに使ってさまざまな体験をしてください。「研究」のネタは思わぬところに転がっています。感じるところから、すべては始まります。

「風土記受容史研究」(笠間書院 2008年刊)

「出雲国風土記」国引き伝承ゆかりの地-薗の長浜・三瓶山(島根・出雲市)

「摂津国風土記」逸文・石碑-敏馬神社(兵庫・神戸市)

風土記編纂官命1300年記念イベント「風土記ドキドキ・ドキドキライブ」(主催:島根県古代文化センター 2013年)、出演者とともに(右から3人目が筆者)。