特色ある研究活動の成果
Research

人間言語における右方移動現象

人間言語における右方移動現象

図1 2018年にCambridge Scholars Publishingより出版された著書

鎌田 浩二准教授

鎌田 浩二

Kamada Kohji

大学院人文科学研究院准教授

専門分野:理論言語学
1997年 上智大学国際言語情報研究所助手(2003年度まで)
2009年 エジンバラ大学哲学・心理学・言語科学大学院言語学専攻博士課程修了(PhD)
2012年 千葉大学文学部准教授
2017年 千葉大学大学院人文科学研究院准教授
人間の言語の多様性(地球上に多数の言語が存在している現象)の問題に取り組みながら、「言語機能」と呼ばれる人間が生まれつき頭の中に持っている言語についての知識の解明を目指しています。また、言語がどのように変化していくのかという言語進化にも関心があります。

どのような研究内容か?

 ある言語現象が説明される際に考えられる可能性は、<A>純粋に文法それ自体の特性だけによる説明、<B>文法以外の特性による説明、<C>文法自体の特性とそれ以外の特性の相互作用による説明――つまり両者による説明――の3つがあります。(ここでの「文法」は個人の脳の内部状態を指します。)
 文法以外の特性による説明とは、以下の様な例を説明する際に使われます。
(1) a. John gave her books to Mary.
 b. I put the candy in the bottle into my mouth.
例文(1a)は簡単に理解できますが、(1b)は理解が難しい文です。しかし、(1b)は文法上問題ないと考えられます。なぜなら、ゆっくりと時間をかければ文の意味が分かるからです。そこで、普通はこの種の理解の難しさの原因は、言語を処理する際の問題と考えられています。つまり、言語情報処理上の仕組みで、(1b)がなぜ理解困難なのかを説明します。本研究では、「右方移動」と呼ばれる言語現象の説明には、(1b)に対して使った説明方法も考慮するほうがより優れていることを(もっと一般的に言えば、従来<A>で扱っていた現象は<C>であると)主張しました。
 右方移動現象とは、例えば以下のような文のことです。
(2) 健が食べました、寿司を
日本語の文の基本語順は、主語・目的語・動詞(述語)と言われています。しかし、この文では目的語が文末に来ています。口語ではこの種の表現はよく見かけますが、(3)に示す様に少し文を長く(複雑に)すると悪くなります。
(3)尊敬している先生が増えていますよ、学生達が
従来は、例文(3)の様な文がなぜ悪いのかという説明を文法のある特性で説明をしていました。しかし、この説明では以下の良い文が扱えません。
(4)尊敬している学生達が増えていますよ、田中先生を
例文(3)も(4)も文末要素は関係節内にあって、それが移動したと考えると、なぜ例文(4)が容認できるのかを説明することができません。しかし、この容認度の差に関して、(1b)を説明したのと同様な方法(言語情報処理の仕組み)を導入すると、説明が可能になります。
 また、英語の「右方移動現象」(例:He is real smart,John.)も日本語の場合と同様に扱えます。さらに、英語・日本語・伊語・独語・蘭語・トルコ語・韓国語・西語・仏語の各言語に於ける右方移動現象の存在可能性の相違に対して、統一的な説明を与えることが可能になりました。

何の役に立つ研究なのか?

 私が採用している仮説は、「全ての人間言語に共通の普遍的特性がある」というものです。この特性の解明が言語研究の大きな課題の一つとなっています。本研究もその解明の一助になると考えています。
 また、ヒトがヒトであるのは言語があるためと言われています。よって、言語研究は人間とは何かという問いに答え、結局は自分自身を知ることにつながることになります。

今後の計画は?

 言語現象は、個人レベルに深く関わるものと集団レベルに深く関わるものの大きく二つに分類できると思われます。さらに、この各レベルは、時間尺度に基づき、それぞれ次の二つのレベルに分類されます。つまり、個人レベルは、(a)比較的瞬時に行われる言語処理レベルと、(b)数年単位で行われる言語獲得レベルに分類され、集団レベルは、(c)数百年~数千年単位で行われる歴史的変化レベルと、(d)数十万年~数百万年単位で行われる言語進化レベルに分類されます。(a)~(d)の諸現象は全く独立して存在しているのではなく、お互いが密接な関係にあると考えらます。今後は、先ず(a)~(c)を関連付け、最終的に4レベル全てを関連付ける可能性を探る予定です。