北欧型福祉国家のエスノグラフィー

1.サービス付き高齢者向け住宅
髙橋 絵里香
Erika Takahashi
人文科学研究院准教授
専門分野:文化人類学、医療人類学、老年人類学
東京都出身。
1999年筑波大学第二学群比較文化学類卒業。
2001年東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻修士課程修了。
2009年東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程単位取得退学。
2011年博士(学術)取得(東京大学大学院、総合文化研究科)
2009~2013年日本学術振興会特別研究員(PD)。
2013年より現職。

どのような研究内容か?
フィンランドのある地方自治体の社会福祉サービスや高齢者ケアについて、人類学的なフィールドワークを行っています。
北欧型福祉国家と言えば、日本では「進んだ」社会福祉制度や政策であると受け止められてきました。つまり、社会福祉制度は単一の尺度によって進んでいる/遅れているという判定を下すことができると考えられてきたわけです。その背景には、福祉制度というものは、やる気とお金さえあれば世界中のどんな地域にも輸入可能であるという発想があります。
しかし、文化人類学の立場から考えると、公的な制度の背後には家族や地域のかたち、土地の産業構造や地理的条件、住居の形態などの様々な事象がつながりあいながら制度を成立させていることが見えてきます。また、人類学的な制度研究は、統計的な数字や公式の説明だけではわからないような、日々の実践の細部に着目する点で、社会政策研究と大きく異なっています。
例えば、高齢者、その家族、ケアワーカー、行政の管理職、医療関係者、地元の人......それぞれ立場の異なる人びとがどういう風に社会福祉制度や福祉国家を見ているのか。土地のどのような特徴が、制度の具体的な展開やサービスの提供に影響を与えているのか。人びとは何を大切なことだと考えて老後の生活を送っているのか。実際にケアワークへ同行し(これを人類学では「参与観察」と呼びます)、土地の人びとと長年にわたって付き合いながら年を重ねていくことで、こうした問いについて考えてきました。

何の役に立つ研究なのか?
これまで北欧諸国の社会福祉制度についての研究は、日本の政策やケアサービスの役に立つか、アイデアや技術やデザインを輸入できるか、という観点から主に行われてきました。しかしながら、ひとつの現象について様々な人びとの視点や関連する事象と結びつけながら深く理解していくことは、自分の身近な現象に対する理解を変えるのではないでしょうか。日本の社会福祉制度について振り返り、多角的な視点から考えるための契機となると思います。

今後の計画は?
「大きな国家」によって提供される充実した福祉制度によって知られてきた北欧諸国ですが、実は福祉国家の規模縮小がすすめられています。フィンランドでもケアサービスの民間委託や、親族介護(日本でいうところの家族介護)が積極的に推進されてきました。こうした私企業と家族という二つのプライベートな領域が同時に進展していく状況について、調査・研究していきたいと考えています。

関連ウェブサイトへのリンクURL

成果を客観的に示す論文や新聞等での掲載の紹介
髙橋絵里香、2013『老いを歩む人びと―高齢者の日常からみた福祉国家フィンランドの民族誌』勁草書房。
髙橋絵里香、2019『ひとりで暮らす、ひとりを支える―フィンランド高齢者ケアのエスノグラフィー』青土社。
朝日新聞:
https://book.asahi.com/article/12535704
読売新聞:
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20190720-OYT8T50139/

この研究の「強み」は?
社会問題について、私たちはついつい簡単な解釈や改善方法を期待してしまいます。一方で、問題の現場にいる人びとは、「そんな簡単じゃない」ことを感じていることも多いのではないでしょうか。文化人類学は、現場を重視する学問です。様々な立場にある人びとと付き合い、長い時間を過ごす一方で、歴史や政治といったマクロな視点も加味することで、複雑な状況を複雑なまま理解することを目指すところが文化人類学の強みだと思います。

研究への意気込みは?
20世紀的な大きな福祉国家が転機を迎えるなか、フィールドでの変化のスピードも加速するばかりです。そうした最新の変化を追いつつ、大きな理論に立ち返って考察を進めていきたいと考えています。
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