特色ある研究活動の成果
Research

雪氷の世界に生きる生物の不思議

雪氷の世界に生きる生物の不思議

図1 世界第二の氷河、グリーンランド氷床。表面が黒っぽくなっているのは、雪氷微生物が繁殖して黒い有機物が堆積したため。

竹内 望教授

竹内 望

Nozomu Takeuchi

大学院理学研究院 教授

雪氷生物学

千葉県千葉市生まれ。1993年 東京工業大学生命理工学部卒業、1999年 東京工業大学大学院生命理工学研究科博士後期課程修了 博士(理学)、2000年 米国アラスカ大学国際北極圏研究センター研究員、2002年 総合地球環境学研究所 助教、2006年 千葉大学大学院自然科学研究科准教授、2012年より現職、大学時代にワンダーフォーゲル部に所属して日本各地の山に登り、厳しくも美しい自然の中に身を置く魅力に取りつかれました。そのまま山で研究がしたいと思い、雪氷生物学の世界に入りました。

どのような研究内容か?

北極や南極のような極地やヒマラヤのような山岳域は、年間を通して雪と氷に閉ざされた極寒の世界です。このような低温の雪氷の世界は、どんな生物も生きられない無生物環境だと長く信じられてきました。しかし最近になって雪氷の世界には、低温環境でなければ生きられないという変わった生物が存在することがわかってきました。このような生物を雪氷生物と呼んでいます。雪氷生物には、光合成をして有機物を作る藻類やシアノバクテリアの仲間、その藻類を食べるミジンコやクマムシ、昆虫などの無脊椎動物、さらに生物遺骸を分解するバクテリアの仲間などが存在し、これらの生物は雪氷上で食物網を形成し、雪氷生態系という独特の生態系を作っているのです。地球上になぜこのような変わった生物が存在するのか、それは地球の生命史、進化の歴史にとって大きな意味があるはずです。さらにこれらの生物は、氷河や積雪の融解を加速するという特殊な効果をもつこともわかってきました。雪氷上で微生物が繁殖すると、表面に有機物が堆積し黒っぽくなります。もともと白い雪氷表面が黒い色になると、日射の吸収を増えて雪氷の融解が速くなるのです。地球温暖化によって世界各地の氷河が縮小していることが報道されますが、気温上昇だけでなくこのような生物の力も氷河を融かしているのです。雪氷生物は、決して寒い場所で細々と生きる存在の薄い生物ではなく、地球環境の将来を左右する重要な生物なのです。世界各地の氷河や積雪の調査を通して、この雪氷生物の実態と地球環境の関係を明らかにすることを目指しています。

何の役に立つ研究なのか?

雪や氷の世界には寒すぎてどんな生物も生きていけない、という我々の常識を超えていることが、雪氷生物の研究の最も面白いところです。雪氷生物にとって、我々が生きる暖かい普通の世界は、灼熱の世界なのです。なぜこのような生物が存在するのか、実は、地球の歴史を見ると、氷河期と呼ばれる寒い時代が今より長く続いたり、さらに何億年も昔には地球全体が凍りついたり(全球凍結、スノーボールアース)してきました。雪氷生物は、そのような時代に地球上に生まれ、進化適応しながら現在に至っているのかもしれません。このように雪氷生物の生態を考えることは、新しい自然観を私たちにもたらしてくれます。地球環境問題に対しても、別の角度から問題を見つめ直すことができるはずです。さらに、雪氷生物の体の中には、低温環境で活動を維持するための未知の生化学的な仕組みが存在します。それは、工業製品、医学、薬学、農学など幅広い分野に応用が期待されます。

今後の計画は?

現在、世界の研究者が、予想以上に温暖化が進む北極圏に注目しています。北極には、世界第二位の大きさを誇る巨大な氷河グリーンランド氷床があり、その融解は世界の海水準を押し上げる主要因であることがわかっています。国際的な北極プロジェクト研究が進む中、雪氷生物は北極の氷河融解を加速しているのかという問題に対して、我々のグループも様々な国の研究者と共同研究をしながら北極圏の温暖化評価と将来予測に貢献したいと思います。一方、我々の身近な日本国内の山岳地帯にも、まだまだ未知の雪氷生物がたくさんいます。冬になると雪面にたくさん現れるセッケイカワゲラという不思議な昆虫もその一つです。我々の身近なところにも、まだ未知の生物が存在することは驚きです。このように日本も含め世界中の氷河や積雪を調べて、地球上の雪氷生物の存在理由に迫りたいと思います。

関連ウェブサイトへのリンクURL

研究論文、成果:researchmap
https://researchmap.jp/cryoconite
研究室のホームページ
http://www.earth.s.chiba-u.ac.jp/japanese/education/education02/staff16.html
「暗色化するグリーンランド氷床~氷河を解かす不思議な微生物」日本地球惑星科学連合2013年大会トップセミナー
https://www.youtube.com/watch?v=9xT2sB6y_oA

成果を客観的に示す論文や新聞等での掲載の紹介

「赤雪」現象起こす藻類 北極と南極で共通(日本経済新聞2018年8月6日)
https://r.nikkei.com/article/DGXMZO33852260W8A800C1CR8000
溶ける氷河、新種を発見(日本経済新聞 2018年6月1日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO31201450R30C18A5TJN000/
ひまわりEYE微生物が生む「赤雪」(毎日新聞2016年6月10日)
https://mainichi.jp/articles/20160610/ddm/013/070/005000c
北極に「黒い氷」広がる 温暖化、氷床融解を加速(共同通信配信 2016年5月7日)
https://www.sankei.com/photo/daily/news/160507/dly1605070004-n1.html
北極で「黒い氷」拡大、融解加速の一因か(日本経済新聞2016年5月7日)
https://r.nikkei.com/article/DGXLASDG07H06_X00C16A5CR8000
北極に異変、大雨や「赤雪」 急激に進む氷河融解(日本経済新聞2012年8月5日)
https://r.nikkei.com/article/DGXNASDG0501V_V00C12A8CR8000

この研究の「強み」は?

雪氷生物の存在自体、まだほとんど知られておらず、雪氷生物を研究している人は世界でも数えるほどしかいません。そのため、雪氷の上は最後のフロンティアといってもいいほど、調査をするたびにたくさんの新しい発見があります。未知の世界を独り占めしているような気分です。このテーマ自体が、我々の研究の強みです。日本には、北極や南極のような大規模な氷河は存在しませんが、世界でも稀に見る豪雪地帯であり、雪の研究をするには最適な場所です。日本国内にいるだけで、雪氷研究者や、最先端の生物学、化学、物理学の研究者と共同研究チームを作れることも我々の強みです。

研究への意気込みは?

北極で-40度の中のキャンプでは寒くて一睡もできず、ヒマラヤの標高5千メートルを超える氷河では高山病で頭痛がやまず、悪天候になれば吹雪の中、深い雪をラッセルしてキャンプに帰らなければならないこともあります。そんなつらい調査がつづいても、やっぱりやめられない魅力がこの学問にはあります。雪氷生物学は、単に勉強ができるとか実験が上手とかだけでなく、過酷な環境に自ら足を運んで必要なデータやサンプルを集める力、その場所その時でみた現象や発見に感動する感性も重要です。私自身は徐々に体力も落ちてきましたが、若い世代の学生の力をかりながら、まだまだ続く未知の世界を開拓し続けたいと思います。

学生や若手研究者へのメッセージ

ナンバーワンよりオンリーワンといいますが、私自身ある分野でナンバーワンになるような力はとても持ちあわせてはなく、自分の経験や人との出会いを幾重にも折り重ねてオンリーワンの研究を作ってきました。それは少しの勇気と積極性があればよく、それほど難しいことではありません。ぜひ、色々な世界に飛び込んで自分のユニークな道を切り開いてもらいたいと思います。

図2 氷河の上で繁殖する微生物、シアノバクテリア。光合成で繁殖し、氷河を黒くして融解を加速する生物の一つ。

図3 グリーンランドの氷河の表面の氷にできた無数の小さな穴、クリオコナイトホール。微生物由来の黒い物質が氷を溶かしてできた穴。中には多様な生物が生息している。

図4 アラスカの氷河に現れた赤雪現象。赤い色素を持った光合成微生物(緑藻)が雪の上で大繁殖して起こる現象。

図5 日本の積雪の上で活動するセッケイカワゲラ。本来、カワゲラは翅をもつものが多いが、積雪期に成虫になるこのカワゲラは翅をもたない。