研究成果・活動報告
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第9回 移民難民スタディーズ研究会 報告

第9回 移民難民スタディーズ研究会 報告

在日ネパール人の多様性:全国の集住地に見る特徴と課題

2021年6月4日(金)10:00〜12:00

司会:小川玲子(千葉大学社会科学研究院)
報告:田中雅子(上智大学総合グローバル学部教員、社会福祉士、滞日ネパール人のための情報提供ネットワークコーディネーター)

報告

はじめに

2021年現在、在日ネパール人は約10万人おり、その多くは、コックとその家族、留学生である。本報告では、在日ネパール人が多い都道府県ごとに、それぞれの場所で暮らすネパール人の属性と彼らをひきよせる要因、移民の当事者団体について述べ、受け入れ側の日本社会がどのように関与していけるかを考える。

「移民大国」ネパール

2011年の国勢調査によると、ネパールにおける在外人口は全国民の7.24%(2世帯に1人)が海外で生活をしている。移住者からの外貨送金は国内総生産の約3分の1に相当するなど、今日ネパールからの海外移住はごく当たり前のものとなっている。主な渡航先国はイギリス・アメリカ・カナダ・オーストラリアなど英語圏かヨーロッパのシェンゲン協定国であるが、その次の選択肢になりうるのが日本や韓国である。ネパール人の日本渡航者は、欧米に行くだけの資質があり、渡航前の学力獲得ができた首都圏出身者は少なく、大半は中山間地の農村部出身者である。そのため「矛盾した階級移動」になりがちで強い「承認欲求」を持つ人も少なくない。

なぜネパール人は外国に向かうのか

ネパール人が海外に向かう背景には、紛争とその後の長期化する国家再建による産業の停滞や政治に対する失望がある。2008年の連邦民主共和国化により教育は一定程度普及したが、それに見合った仕事が国内にないこと、自国内で建設労働などの3D(3K)労働に従事したくないという労働者の意向は根強い。特に「社会的包摂とジェンダー平等」の推進により、既得権益層の若者が「自分はネパールではチャンスがない」と考え、渡航先にはこだわらず「行ける時に行ける国に行く」という傾向が見られるようになった。このような若者は、計画的な準備を行わないため、結果的に渡航先で騙されたり、失敗に陥ったりしやすい。

ネパールから日本への移動

2021年現在、在日ネパール人は約10万人おり、その多くはコックとその家族や留学生である。コックの場合「家族滞在」資格の妻のほうが稼ぎがあることも多いため、妻のアルバイト先がある場所が勤務地として好まれる。ネパール国籍者に占める「家族滞在」の多さは他国出身者と比べて突出している。留学生については、日本語学校入学時は、入管による審査が通りやすい場所が選ばれ、専門学校や大学等への進学時に移動するという傾向が見られる。

在日ネパール人集住地

COVID19により、留学生が多かった東京・愛知・福岡などの都県ではネパール人数が減少した。反面、家族滞在者の職場や学校へのアクセスがよい県(神奈川・千葉・埼玉)での増加傾向が見られる。在日ネパール・コミュニティは概ね次の4つに分類される。1つ目の集団は、留学生コミュニティである。在留資格は「留学」であり、第二次労働市場で日雇いやアルバイトなどの非正規職で生計を立てている。日本社会との関係性は希薄で、首都圏や福岡、名古屋、沖縄など学校の多い地域に集住している。2つ目の集団は、労働者コミュニティである。在留資格は「技能(調理)」「特定活動」「技能実習」「介護」「永住者」「家族滞在」など多様である。留学生同様、第二次労働市場に職を得る者が多く、正規職の場合でも介護や製造業など賃金が低く、昇進機会が少ない仕事、あるいはエスニック・ビジネスに従事している。同僚とは職場のみの付き合いであることが多いが、場所によっては近所づきあいがあることもある。群馬、栃木、埼玉、千葉、愛知などに集住地域があり、都市への交通の便が良い駅周辺に集住する傾向にある。3つ目の集団は、エスニック・エンクレイヴ(民族的な飛地)である。料理店などのエスニック・ビジネスや中古車業などのニッチ・ビジネスをする集団で、多くは家族経営である。日本社会との関係は、都市ではビジネス相手としての付き合いにとどまり、地方では親しい付き合いをすることが多い。代表的な集住地には東京の新大久保や新潟がある。4つ目の集団は、新中間層コミュニティである。「人文・国際業務・技術」に代表される在留資格を持ち、ITエンジニアなど企業など第一次労働市場で働いているのが特徴である。帯同する妻はパートタイムの接客業などに従事するなど職を持つことが多い。東京の江東区大島に集住コミュニティが見られる。子どもの多くはインド系インターナショナル・スクールに在籍し、日本で住宅ローンを組んで戸建て住宅を購入するなど、経済的基盤が安定している集団である。

在日ネパール人の当事者団体

在日ネパール人の当事者団体には、活動の特徴から、①ネパール人の横断的組織、②出身地ごとに結成された同郷人組織、③民族やカーストのアイデンティティを守るための組織、④学生やエンジニアなどの職業別組織、⑤ネパール人と日本人の総合交流を目的とした組織、⑥集住地域での相互扶助組織、⑦グローバルなネパール移民組織の日本支部に類型できる。いずれもネパール人にとっての親睦や相互扶助の場であり、かつリーダーを務める者にとっては「承認欲求」が満たされる場にもなる。ただし、組織のリーダーのほとんどが男性であるため、女性にとってはDVなどの問題は相談しにくいという構造的課題を持つ。⑥の例として、群馬県庁や群馬県大泉町では、キーパーソンを通じた移民コミュニティとの関係強化に取り組んでいる事例がある。ホスト社会である日本の市民社会組織には、移民当事者団体の長所と短所を見極めつつ、他のアクターとのギャップを埋めること、自治体、専門職、他国出身者の当事者団体間の橋渡しが求められる。

千葉県のネパール人

千葉県においては、在留ネパール人は増加傾向にあり、2020年では国籍別集団で5位になっている。県内の代表的な集住地には、松戸・成田・市川・船橋・千葉・匝瑳がある。

首都圏のネパール人の子どもの教育資源

首都圏に暮らすネパール人の教育資源には次の4つがある。1つ目は、インターナショナル・スクールであり、帰国や第三国移住を意識した選択として選ばれることが多い。学費の負担が大きく、日本社会への統合の機会には乏しい。2つ目は日本の公立校であり、帰国を意識しない選択として選ばれる。保育園などから日本の制度に馴染んでいる子どもにとっては自然な選択になるが、入学時点で日本語力を求められるほか、日々の学習に親の監督が必要であることや、受験制度の理解が難しいことなどから、思うような進路を形成できないケースも散見される。3つ目は、公立中学校の夜間学級である。公教育であるため費用がかからないこと、教員ひとりあたりの生徒数が少なく居場所としての意義は大きいが、設置数が限られているために選択できる者は稀である。4つ目がNPOによる学習支援である。学齢超過により中学校に入学できない子や入学拒否にあった子が高校進学を目指すために選択されるケースが多い。行政からの補助がないため金銭的な負担があるものの、受験指導を受けることが可能である。

在日ネパール人の移動とホスト社会の課題

在留資格別に見ると、「技能」の新規は激減しており、「留学」の新規、更新ともに困難になっている。今後「家族滞在」も厳しくなること、サービス産業の不調により「留学」から「技人国」への変更も困難になることが予想される。ただし「特定技能」のみ新規・資格変更とも増加の可能性があるが、家族帯同が認められないことや試験制度の複雑化による対策の必要性など負の側面もある。
ホスト社会側の課題として、ネパール国内の格差が日本以上に大きいことなど、国内に在留するネパール人の多様性に留意する必要がある。教育面では「永住」のハードルが高くなり、「技能」+「家族滞在」の家庭の子どもには、早めの進路指導が求められる。最後に、近年は移民の当事者団体の活動も見られるようになったが、自治体や地域社会との連携が取れている団体と、自分たちだけで「並行社会」を築いている団体があることに留意が必要である。その当事者団体の活動がどれくらい外部者に開かれているかを確認しつつ連携していくことが肝要である。

記録:相良好美

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